正しくないことは正しくないと言い切るシンプルな姿勢|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月19日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

正しくないことは正しくないと言い切るシンプルな姿勢

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安田さんは『八九六四』を書く上で楊逸さんにも話を聞きたいと考えていた。
そこで今回の対談実現となった。厳しい監視社会となっている現在の中国では、「天安門」を語ることがタブーであるのはもちろん「六四」「64」すら、検閲に引っかかるという。
三十年前にあの広場にいたわけではない日本人の安田さんが、天安門デモ・事件についてのフォーマット化されない様々な語りを記録として残したのは、とても重要なことだ。対談の楊逸さんの言葉で最も心に残ったのは、五月末に訪れた中国で見たヤシの木のような監視カメラとバリケードについて、「天安門記念日の前だったから」かと尋ねた安田さんに、「私は理由は類推して理解しようとはしない。
それは体制側の主張であり理解してはいけないと思う」との答え。人間は想像力や共感力を持つけれど、理解してはいけないことがある。
正しくないことは正しくないと言い切るシンプルな姿勢を学びたいと思った。 (S)
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