路地裏の子供たち 書評|スチュアート・ダイベック(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月20日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

路地裏の子供たち 書評
原体験を呼び覚ます 十一篇の物語

路地裏の子供たち
著 者:スチュアート・ダイベック
翻訳者:柴田 元幸
出版社:白水社
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 あなたにも忘れられない街や里があるのではないか。それは幼い頃に通った小道だったり、行ったこともないのにやたら鮮明な心象風景の麦畑だったりするのかもしれない。普通、人は他人のそれを知ることはない。その知ることのない景色を見せることで、読者ひとりひとりの原体験を呼び覚ます十一篇の物語が、スチュアート・ダイベックの最初の短編集『路地裏の子供たち』である。

ダイベックの心に宿るのは、シカゴだ。このことは邦訳の第一作目にして、O・ヘンリー賞受賞作品を収録した第二短篇集、『シカゴ育ち』(一九九二年、白水社)の題名からもうかがえるが、本書の日本版特別寄稿エッセイでは、著者自ら「シカゴという都市を授かっていた」と語っている。シカゴと聞くと大都市の印象が強い。だが、ダイベックが描くのは子供時代を過ごしたうらぶれた下町であり、東欧や中南米からの移住者も多く、とても裕福とはいえないところだ。さらにダイベックはゴミバケツの並ぶ曲がりくねった路地や炭殻の山といった、ぱっとしない場所に焦点を当てる。本書はそこから子供の眼差しを通じて物語を引き出している。

ただ、ひとくちに子供といってもさまざまだ。年齢についていえば、年端もゆかない子から働きはじめたばかりの若者までいる。これは訳者があとがきで指摘するように、本書が子供だけの物語ではなく、「子供時代をはじめ、思春期、青年期の若者が街のさまざまな界隈で生きる日々をめぐって語られる物語たち」であることにも関係するのだろう。いずれの主人公にも共通するのは、「子供性」とでも呼びたくなるような一途で未熟な危うさだ。一方、彼らを取り巻く大人たちは酔っ払いや屑屋、物乞いなどはみ出し者ばかりで、模範とは程遠い。子供たちはそんな彼らを蔑むでもなく、まっすぐに見つめる。その眼差しを支えるのが、シカゴの町並みや住人、子供の感情にも及ぶ動的かつ詩的で細やかな写実性である。たとえば、四つ角で焚き火をしようと男が集める「落葉は皺の寄った雪みたいに見え」るし、ソフトボールをやる近所の酔っ払いは、「もじゃもじゃの腋毛が腋の下で光り、そばかすのある肩はピンク色に日焼けしていたが、それ以外は全身いまもアル中っぽく真っ白」だ。子供たちは、ぱっとしない場所で生きるぱっとしない大人たちを物語に引き込む。想像や好奇心を膨らませ、勇気を奮い起こし、ときに恐怖に震えながらも進み続ける。その奮闘ぶりは、おとぎ話やゴシック小説の主人公ようだ。けれども、どの物語も現実から遊離して幻想に溺れることはない。現実と幻想は絶妙な均衡を保っている。子供にとっては幻想も現実なのかもしれない。

思うに、これこそが読者の原体験を呼び覚ます仕掛けなのではないか。しかも、そうして呼び覚まされた原体験は単なるノスタルジーではなく、まさに自分の中の子供が勢いづく不思議な感覚であり、自分の生に対する純粋な喜びなのだ。
この記事の中でご紹介した本
路地裏の子供たち/白水社
路地裏の子供たち
著 者:スチュアート・ダイベック
翻訳者:柴田 元幸
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
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