人喰い ロックフェラー失踪事件 書評|カール・ホフマン(亜紀書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月20日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

人喰い ロックフェラー失踪事件 書評
事件の真相を追う旅は、人類学的な探究へ

人喰い ロックフェラー失踪事件
著 者:カール・ホフマン
翻訳者:古屋 美登里
監修者:奥野 克巳
出版社:亜紀書房
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喉を竹製のナイフで裂き、頭部を上から押しつけると、脊椎の骨がカツンと鳴った。人間も豚も、みな同じだ。体の片側から脇の下を通り、鎖骨を過ぎて喉に至ると、今度はもう片側へナイフを下ろしていった。血がそこら中に流れて広がり、男たちの手をすっかり赤く染め……

人間を切り分ける描写に息をのむ。衝撃的なのは、〝解体〟されたのが、米国の世界的大財閥、ロックフェラー家の御曹司、マイケル・ロックフェラーだったことだ。彼は「食べられた」のだ。

ニューギニアの首狩り族の棲む地域で、彼が消息を絶ったのは一九六一年十一月。「ロックフェラー失踪事件」として知られる未解決事件。五〇年後、米国のジャーナリストである著者が、真相を求めて動き始める。本書は、著者の探求心に満ちた長期取材と、過去の出来事が、交互に織りなしながら展開するノンフィクションだ。

鬱蒼たるジャングルと無数の川。泥の中で海とつながっているように見える沼地。広漠とした原始の地の暑さと湿気。マイケルが遭難したのは、ニューギニア中央の南側、アラフラ海に面した少数民族、アスマットの棲む地域。

アスマットは独自の精神世界を持っていた。村々の対立で人が死ぬと祖先の魂が宿る場所に行く。そのためにビスという祭礼を行い、戦士がマングローブの木を人と見立てて攻撃し、怒鳴り、叫び、矢を放つ。ビスの柱が立つと別の村を襲撃、殺した敵の頭蓋を手に入れる。若者たちが成長するための新しい種だからだ。犠牲者の血を柱に塗り付け、村人は性交する。妻を他人と共有し、人の肉を食べる。熱帯の奥地に「首狩り」と「人肉食」が関係する「カニバリズム」が生きていた。

文明と隔絶した社会であるほど、文明社会の人間はそこに惹かれ、憧れる。ハーバード大学を卒業したばかりの二三歳のマイケルもまた、「文明化されていない」世界と「他者」との遭遇を希求し、そこで作られる「プリミティブアート」(先史時代の造形芸術)を蒐集するために熱帯を目指した。

遭難の前、いくつかの村で次々と美術品を購入していた。「ほんの短い滞在期間に非常に多くの美術品をみることになった。いま僕はとても自信に溢れている」

日誌にそう書いたマイケルは、新たな場所へ仲間ともに双胴船で向かう。だが荒波と強風で転覆。仲間の制止を振り切り、かすかにみえる陸地へ向かって泳ぎ、岸辺に辿りつく。そこにいたのは、ある地域のアスマットたち。彼らの親類縁者たちは植民地ニューギニアの白人統治者によって殺されていた。マイケルは、アスマットが復讐心を燃やすど真ん中へ、白人の一人として入っていったのだ。

著者は、マイケル殺害の真相を求めてジャングルの中に何度も分け入っていく。だがマイケルの頭蓋骨など、事件を裏付ける「ブツ」は見つからない。カニバリズムの専門家にも話を聞き、インドネシア語を短期間で習得し、アスマットの村で一か月以上を過ごすことを決意する。「マイケル・ロックフェラーの謎を解きたければ、アスマットのことを良く知らなければならない」と考えたからだ。

村の大気は糞尿の濃厚な刺激臭に満ちていた。椅子もベッドも、テーブルもほんもシーツも何もない。毎朝夜明けには子供らの叫び声が響きわたる。感情と暴力が露出していた。著者は、それを文明社会の価値観で断罪したりはしない。むしろ彼らの姿に目を凝らす。大勢が集まり、太鼓の音が夜を切り裂く。精霊に呼びかける歌が始まる。自然と人間によって構成される全体は何一つ切り離すことができない。その中に身を置くうちに、人を食べて自らの一部とするアスマットの儀礼がマイケルに対してなされたことを著者は確信し、マイケルの精霊が彼らの中にいる、と理解する。

事件の真相を追う旅は、いつしか人類学的な探究へとたどり着く。そこに浮かびあがる部族社会の、現代との隔たりの大きさ。安易な理解を許さない世界の奥深さに言葉を失う。
この記事の中でご紹介した本
人喰い  ロックフェラー失踪事件/亜紀書房
人喰い ロックフェラー失踪事件
著 者:カール・ホフマン
翻訳者:古屋 美登里
監修者:奥野 克巳
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「人喰い ロックフェラー失踪事件」出版社のホームページはこちら
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