ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた 書評|小塩 節(青娥書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 日本文学
  6. 随筆・エッセー
  7. ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうたの書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月20日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた 書評
慰めと勇気を与えられるエッセイ集
戦時下のエピソードから『ファウスト』まで

ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた
著 者:小塩 節
出版社:青娥書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は、今年八八歳を迎えたドイツ文学者が、これまで歩んできた長い人生の日々に思いを馳せ、その時々に様々な形で出会った人々、文学、音楽から自然、中でも木々などの思い出を感謝の念を込めて振り返り、書き綴った一種の回想記とも言える性格を持ったエッセイ集である。

著者の生まれ育った時期は、前後を太平洋戦争に挟まれた日本の歴史にとって最も過酷な時代と言ってよい。勤労動員として軍需工場に駆り出された戦時下の中学生の時のエピソードなどは、戦争を知らない筆者の世代には、著者の個人史としてばかりでなく、時代史としても興味を引かれるものがある。中学を卒業して一年間通った旧制松本高校は、その後ドイツ文学者として活躍する原点ともなる著者のドイツ文学との出会いがあり、木々の魅力に目覚めたのも信州の松本の自然である。

本書の魅力は、他の著者のエッセイ集と同様に読者に親しく語りかけるような、柔らかい語り口の文体のスタイルにあると言ってよい。読者との間に距離を感じさせないような著者独特の語り口こそまずは本書の特徴と言うことができる。本書にはドイツ文学者ならではの様々な話題が、エピソードを交えて中心に語られる。特に最終章の『ファウスト』は、著者が学生時代から追ってきたゲーテの代表作のテーマだけに、語り口にも熱が入る。そこでは森鷗外訳の『ファウスト』巻頭の独白が紹介され、訳語の分析を通して鷗外訳の魅力が語られる。さらに鷗外の生い立ちや作家活動についての紹介があるが、そこで特に注目されるのは、鷗外とキリスト教について触れたところである。ドイツに留学し、『ファウスト』を翻訳し、聖書を漢訳で精読するなど、ヨーロッパ文化・精神を当時誰よりも知悉していた鷗外であったが、宗教としてのキリスト教に近づくことはなかったと著者は言う。それは明治期のもう一人の文豪、夏目漱石にも通ずるところがあるが、この問題は牧師の子として生まれ、キリスト教の影響下でドイツ文学の問題を追い求めてきた著者ならではの言及で注目される。この鷗外の『ファウスト』訳の解説、また『ファウスト』の作品の由来の懇切丁寧な紹介など、本書はゲーテを通してのドイツ文学入門書としても読むことができよう。

その他ドイツ文学以外の様々な身近な話題も、エピソードを伴って本書には豊富に詰まっていて、飽きさせない。しかしどんな話題になっても、長年にわたる著者のドイツ経験から得た日独比較文化の視点が根底にあるのも見逃せない。幼稚園園長としての、園児たちへの見守るような温かいまなざしのエッセイも本書にはある。老境に達した著者の未来に対する祈るような思いがそこには込められている。本書は読みながら慰めと勇気を与えられるような不思議な魅力のあるエッセイ集である。
この記事の中でご紹介した本
ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた/青娥書房
ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた
著 者:小塩 節
出版社:青娥書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「ぶどうの木のかげで 今日の祈り、明日のうた」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
斎藤 佑史 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 随筆・エッセー関連記事
随筆・エッセーの関連記事をもっと見る >