対談=楊逸×安田峰俊 いつか…目覚める日~天安門事件から三十年~ 安田峰俊著『八九六四』『「天安門」三十年』を基軸に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月19日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

対談=楊逸×安田峰俊
いつか…目覚める日~天安門事件から三十年~
安田峰俊著『八九六四』『「天安門」三十年』を基軸に

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第2回
歴史が動くかの高揚感から鎮圧の衝撃へ

安田 峰俊氏
安田 
 反体制の運動と思っていないから、余計に無防備だったのでしょう。彼らは国を良くする運動だと思っていた。六月四日、鎮圧のときにはどこにおられましたか。
楊逸 
 私は同じく日本に留学していた友人と一緒に、五月二十七日に中国に戻り、北京に何日か滞在しました。この熱気は国を変えると感じて、一度ハルビンの実家に帰り、妹を連れ出したんです。両親が反対したので、旅行に行くということにして。六月三日の夜、青島辺りの駅に着いたら、もうすぐ北京行きの電車が止まると聞き、電車が止まる前に上京しなければ、と済南から最後の北京行きの電車に乗りました。朝方北京に着きましたが、それは四日だったか、五日だったかもしれません。
安田 
 四日の朝も五日も、市内の状況はほぼ同じですよね。四日の深夜に鎮圧が起こり、北京から逃げようとした人が多くいたと聞いています。
楊逸 
 いつもなら人だかりができている北京駅は、閑散として人が消えていました。数日前、私が北京からハルビンに向かうときは、チケットを手に入れるのが困難なほど人がいたのに。私が着いたときには地下鉄が止まっていて、北京駅からなんとかバスに乗りましたが、天安門広場付近は止まらずに通過するんです。どの停留所まで行ったのか――東単辺りだったと思いますが、最初に停まったところで降りて、ある企業の附属施設である招待所にチェックインできました。電車が止まっているので妹はなかなかハルピンに帰れず、私が日本に戻ったのは六月十七日の便でした。
安田 
 その間ずっと北京におられたんですか。
楊逸 
 ずっとその招待所に泊まっていました。食事するところも全て閉まっていて、毎日招待所の隣にあった蘭州ラーメンの屋台で食べていました。

一番ショックだったのは、バスの中から軍人の焼死体が吊るされているのを目にしたことです。
安田 
 六月四日以降、鎮圧部隊の軍人がたくさんの市民を殺したわけですが、逆に部隊とはぐれた軍人が市民にリンチされ、歩道橋から吊るされた例もあったようです。
楊逸 
 すごくショックで、すごく怖かった。することがないので、二日に一度ぐらいバスに乗ってみましたが、いつもバスはノンストップで、天安門広場付近には降りることができなかったですね。初夏でしたが、焼死体はずっと吊るされたままでした。
安田 
 『時が滲む朝』の、鎮圧後の若者たちの意気阻喪ぶりも、非常にリアルだと感じました。誰もが武力鎮圧などされると思っていなかったところで起こった、その衝撃と失望。事件前後のギャップは、取材をする中で様々な人の口から聞きました。
楊逸 
 私にとって天安門事件は、はじめて経験した、自分の目で見た歴史、という感じだったでしょうか。

五月二十七日、北京へは確か、ユナイテッド航空のフライトでした。到着は深夜で、バスに乗って市内に向かったのですが、道の両側にぎっしりと、群衆が寝ずにいました。あの日北京は気温が高くて、パジャマ姿だったり、パンツ一丁の(笑)、人だかりができていた。
安田 
 デモ運動を行っていたのですか。
楊逸 
 そうではなくて、軍隊が町に入ってくるというニュースが流れたので、軍人を市内に入れないようにと。市内行きのバスは、市民による通行検査でときどき止められて、中にどういう人が乗っているのか確かめられました。あれほど熱気のある北京は初めてでした。寝るのがもったいなくて、友人と街を見ようと、朝まで人力車に乗っていました。もともと北京の人はおしゃべりなんです。人力車の車夫は饒舌に街をガイドしてくれ、最近あったことや、デモの今後の見通しなども話してくれました。
安田 
 デモ中の街の独特の雰囲気ってありますよね。私は台湾で二〇一四年に起きたヒマワリ学生運動や、現在進行中の香港のデモも今年六月十五日から十八日まで現地で取材しましたが、大規模な学生デモが起きているときは、町全体に「お祭り」的な高揚感があります。普段は政治にあまり興味がない人でも、食堂でテレビを見ながら、今日はどうなるかな、とデモについて話している。先ほど楊逸さんがおっしゃったように、歴史が動いている高揚感でしょうか。天安門事件直前までの北京も、そうだったのだろうと思います。

ところで、当時は学生や市民のかなり大勢がデモに協力していましたが、彼らはその目的をどう考えていたと思いますか。
楊逸 
 それはやはり不公平の是正でしょうね。中国社会は全てがコネで構築されて、権力者たちの二代、三代目が、地位もお金も独り占めするようなところがあります。それは習近平政権で、エスカレートする一方ですが。
安田 
 『時が滲む朝』の浩遠の父も、北京大学出のエリートであったはずが、一九五七年の「反右派運動」に巻き込まれ、地方の農村に下放された人物でしたね。

繰り返しになりますが、一般に天安門のデモは、中国の民主化を求めた運動だといわれていますが、具体的にそのことを意識してデモに参加していた人がどれだけいたか。それよりは貧しい生活への不安や、不平等への不満を感じて、社会が変わることを期待していた、くらいの動機の人も相当多くいたはずです。私が『八九六四』で取材した対象は、活動家より一般の人が多いのですが、当時はあまり運動に興味をもっていなかったとか、たまたま現場に居合わせただけ、という話も聞きました。デモの現場にいて何かが変わりそうな雰囲気にワクワクしていたけれど、学生リーダーの話はよく分からなかった、という人もいました。 
この記事の中でご紹介した本
八九六四 「天安門事件」は再び起きる/KADOKAWA
八九六四 「天安門事件」は再び起きる
著 者:安田 峰俊
出版社:KADOKAWA
「八九六四 「天安門事件」は再び起きる」は以下からご購入できます
「天安門」三十年 中国はどうなる?/扶桑社
「天安門」三十年 中国はどうなる?
著 者:安田 峰俊、石 平
出版社:扶桑社
「「天安門」三十年 中国はどうなる?」は以下からご購入できます
「「天安門」三十年 中国はどうなる?」出版社のホームページはこちら
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