【横尾 忠則】絵の最も美しい瞬間は…海図のない航海、未完で駄作の危機にあるとき|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

日常の向こう側ぼくの内側 第249回
更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

絵の最も美しい瞬間は…海図のない航海、未完で駄作の危機にあるとき

このエントリーをはてなブックマークに追加

アトリエにて加橋かつみさんと(写真・徳永明美)


2016.7.4
真夏日だというのに入道雲が見当らない。入道雲と麦藁帽はやはり夏の風物。子供時代の愛読書、「少年クラブ」、「少年」、「野球少年」の表紙絵を想い出す。そんな子供時代の郷里に対する執着はないが、絵の原点はやはり郷里だ。ぼくの躰の中の血管にはいつも郷里から注入される点滴が流れている。ピカソ、キリコ、シャガールの絵にも望郷の念を感じる。
さあ、やっと重い腰を上げてキャンバスの前に座りました。今までと違う絵を描き始めました。知らない自分に出合うことは新鮮な冒険だ。いつも「私ではない私」を探している。
夕方、天地が動転するような雷鳴。大きい音は難聴に禁物。

2016.7.5
七月とは思えない冷夏にアトリエの冷房を暖房に切り換え。
午後、加橋かつみさんが両手いっぱいに土産持って、遊びに。「同窓会」の一年にも及ぶ長いツアーが終って九月まで休息期間とか。彼も難聴で音楽活動に障害をきたすのでは?「慣れれば平気」らしい。
ぼくの絵の「T・Y」のサインを見て、「T・Yは止めて下さいよ、まるで高校生のサインですよ、もっとカッコーいいサインにして下さいよ」。そっか、まだ高校生の域なんだ。
イギリスとブラジルから本の出版に関する作品提供などの依頼あり。
イチロー3000本まで10本。

2016.7.6
イチローがベンチスタートの時はこちらがストレスになる。本人はメンタル・コントロールができていて、平気なのかも知れないけど。
午後、東京医療センターの眼科の野田徹先生を訪ねる。できれば手術は回避したいがなんと言われるか。眼球検査の結果、確かに眼底出血の症状はあるが中心の重要な部分から外れているので、すぐ手術をする必要はないので、しばらく血液の流れを分散するよう、薬と経過をみながら通院を続けることになった。日大病院で手術の前夜の自主退院が今となっては正解だった。やっぱりあの時の肉体の声に従ってよかった。なるようになるものだ。運の女神に感謝感謝!2ヶ月間のストレスからやっと解放。今晩はグッスリだ。

2016.7.7
と思ったらストレス解消が逆ストレスになって昨夜はよく眠れず。悩んでもストレス、喜んでもストレス、釈迦の戒める感情の意味がよくわかりました。
朝日新聞の書評担当編集長吉村さん、依田さん来訪。目と耳が不自由だったのでしばらく書評委員会にご無沙汰していたので二人の来訪は歓迎。
さて、絵のことだが、いつも想定外で描き始めるので仕上りが予測不能。「今」というプロセスしかない。さて、どこの港に着くのやら、海図のない航海に出ました。海洋冒険小説の世界です。

2016.7.8
読売新聞の森田さん、箱根・彫刻の森美術館の個展「迷画感応術」展の取材に。ぼくの美術は美術の歴史を批評することだ。単に名作をオマージュしたりパロディ化するのではなく、対象に悪意を持って尊敬することである。美術の歴史は、このようにして発展、変化してきたのだから。ピカソのベラスケス、デュシャンのモナリザを見よ。
今日も絵を描くよりも、中断してその絵を眺めている時間の方がズッと長い。絵は動かないが、ぼくの中では空想が天空を駆け巡っているのだ。絵は仕上りに近づけば近づくほどつまらない絵になっていく。絵が一番美しい瞬間は宙吊り状態になっている時だ。つまり未完で、駄作の危機にある時である。
夕方、公園を20分ばかり散歩。湿気が高いのですぐ汗ばむ。
加橋さんから、またまた佃煮届く。

2016.7.9
いくつになっても十代に形成された性格は基本的に変わらないように思う。子供の頃は主体性がなかった。相手の主体性に従ったり、状況に流されていく快感があった。メンドークサイことがはぶけて、それはそれなりに思わぬ状況に運ばれる。こんな子供時代の性格は今もそんなに変わらない。できればこれからもこのペースは崩したくない。幼い老人としては。

2016.7.10
参議院議員選挙へ。戦争しないための一票。
山田さんの「家族はつらいよ」の二作目のクランクインが八月から東宝スタジオで。今回もスタッフルームの一角をアトリエに使用して下さいと言われる。所変われば絵変わるので大喜びだ。アトリエまたは書斎でしか仕事ができない人もいるらしいが、ぼくは目移り、気移りした方が知らない自分が顔を出す。ぼくにはスタイルがなく何んでもありだから、場所選ばずである。
このエントリーをはてなブックマークに追加
日常の向こう側ぼくの内側のその他の記事
日常の向こう側ぼくの内側をもっと見る >