鵜飼康東『断片』(1980) 六十年拡張つづくる東京駅たかきホームあり低きホームあり |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

現代短歌むしめがね
更新日:2019年7月23日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

六十年拡張つづくる東京駅たかきホームあり低きホームあり 
鵜飼康東『断片』(1980)

このエントリーをはてなブックマークに追加
東京駅は日本の中心的ターミナルであり、拡張を続けることはもはや使命にも等しいのだろう。東京駅の拡張が終わるときは、日本そのものの伸長が終わるときと同義だと言っていいくらいだ。

「たかきホームあり低きホームあり」という下の句は、北原白秋の「ニコライ堂この夜揺りかへり鳴る鐘の大きあり小さきあり小さきあり大きあり」(『黒檜』、一九四〇年)を踏まえたものだろう。ニコライ堂は東京千代田区神田駿河台にある正教会の大聖堂で、一九二三年の関東大震災で倒壊するも、その後に改修されて復活をとげた。震災からの復興の象徴といえる建物だった。だから、キリスト教徒というわけではなかった白秋にとっても特別な存在となっていたのだ。

東京駅も関東大震災で被害を受けたが、駅舎は無事であり損傷が比較的小さく、駅員たちの必死の消火活動により周囲からの延焼も防ぐことができた。丸の内ビジネス街も延焼を免れた。むしろ、震災復興事業の一環として整備がより進むようになり、「帝都の玄関」としての発展を迎えることになった。「六十年拡張つづくる東京駅」は、関東大震災のおかげで始まったとすらいえる。ニコライ堂と東京駅、二つの建築物の対照的な運命を、本歌取りという手法によって照らし出してみせている。

関東大震災の当時四つあった地上ホームはその後どんどん増えてゆき、一九六〇年代に入る頃には第九ホームまで完成した。現在もホーム数は日本一多い。(やまだ・わたる=歌人)
このエントリーをはてなブックマークに追加
山田 航 氏の関連記事
現代短歌むしめがねのその他の記事
現代短歌むしめがねをもっと見る >
文学 > 日本文学 > 短歌関連記事
短歌の関連記事をもっと見る >