2019年上半期の収穫から Part2|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月31日 / 新聞掲載日:2019年7月26日(第3298号)

2019年上半期の収穫から Part2

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第6回
哲学・倫理学    池田 喬


主流の道徳哲学や倫理学のあり方を問い直す三冊。

浜野研三『「ただ人間であること」が持つ道徳的価値 相互に尊重し合う自由で平等な個人が築く民主主義』(春風社)

倫理学でも言語分析的な方法論が今では主流だが、こうした手法は言葉を本当は信頼していない。本書はウィトゲンシュタイン(に影響を受けた人々)の議論に基づいてこう訴える。「ただ人間であること」の複雑な意味と比類なき価値へと文学の力も駆使して分け入る良書。

古田徹也『不道徳的倫理学講義 人生にとって運とは何か』(ちくま新書)

合理的理性の主体というよりも運に翻弄されて生きる人間の姿、法や道徳の枠組からはみだしつつ生きる実存の倫理を提示する。古代ギリシャ悲劇から近現代の思想史を駆け抜け、バーナード・ウィリアムズの道徳上の運の議論へと到達する。

スタンリー・カヴェル『道徳的完成主義 エマソン・クリプキ・ロールズ』(中川雄一訳、春秋社)

功利主義VS義務論という公式教義から排除されてきた夥しいテキスト(声)がある。エマーソン、ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、ニーチェなどを取り上げながら、自己の変様に重点を置く、道徳哲学のオルタナティブを提示する。(いけだ・たかし=明治大学准教授・哲学・倫理学)

科学史・科学哲学   佐々木 力


折原浩『東大闘争総括 戦後責任 ヴェーバー研究 現場実践』(未來社)。一九六〇年代後半から東京大学における闘争に誠実にかかわって来られた世界的社会学者による半世紀以上の闘いの記録。アジア・太平洋戦争への痛ましい思いから、戦後における実存主義とマルクス主義思想との真剣な向きあい、そしてヴェーバー社会理論との専門家としてのかかわり等々、その真摯な生きざまには心打たれる。

金子勝『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。平成時代は幕を引いたが、日本の政治経済衰退の三十年にほかならなかった。そもそも経済成長第一主義は再考の対象であろうが、若者の活力・学力など多様な面での衰退現象は覆いえない。政治経済のエコロジー的側面重視などの提言には傾聴すべき点が多い。

吉留昭弘『陳独秀と中国革命史の再検討』(社会評論社)。中国のミスター・デモクラシー=「徳先生」にして中国共産党の創党人陳独秀。平凡社の東洋文庫から『文集』全三巻が先年出版されたが、そのインパクトが本書に現われ出た。レーニン、トロツキイまでをもデモクラシー軽視の廉で批判した陳独秀。中国でトロツキイ=陳独秀派とは民主主義重視の政治のことである。著者の史眼は光る。(ささき・ちから=中部大学高等学術研究所特任教授・科学史・科学哲学専攻)

アメリカ史   松原 宏之


一見するとビジネスマン向けのような山下範久編著『教養としての世界史の学び方』(東洋経済新報社)を、そのままだまされて買ってほしい。教養をともくろんだ読者子は、「世界史」という試みがいかなる枠組みで研究され、描かれたのかを理解することになる。歴史学の勘所と弱点とを一望できる「世界史のリテラシー」である。明日への構想が湧こう。

評伝という叙述スタイルの魅力を堪能できる本が相次いだ。上杉忍『ハリエット・タブマン 「モーゼ」と呼ばれた黒人女性』(新曜社)は、19世紀アメリカの南部社会からの奴隷逃亡を支えた女性の経験を活写する。個人に絞ることで状況が立体的に浮かび上がり、喜び・悲しみ、共同体の感覚までが、手に取れるよう。

上英明『外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係』(名古屋大学出版会)は、ワシントン、マイアミ、ハバナを巡った二言語・多文書群研究の成果。研究段階がひとつステージを上げたことを告げる。(まつばら・ひろゆき=立教大学教授・アメリカ史)

ライター  倉本 さおり


「速くて強い」言葉が席巻するSNS時代にあって「読む」という営為に清新な光を当てる三冊。

荒木優太『無責任の新体系』(晶文社)は責任論の考察からテクスト論へと至るロジックが興味深い。正義がどちらにあるのか整理するのではない。どちらでもありうるという状況をいったん飲み下すこと。そこに「情報」でなく「言葉」と対するヒントがある。

井上義和『未来の戦死に向き合うためのノート』(創元社)は「特攻」が現代において自己啓発と化している状況とそのメカニズムを分析する革新的な書。「良識ある私たち」の倫理に引きこもらず、危険な力を言葉でどのように包摂するか――スリリングな試みの中に誠実な覚悟が光る。

レベッカ・ソルニット『迷うことについて』(東辻賢治郎訳、左右社)は思考実験のようなエッセイ。著者自身の体験と記憶に基づく個人的な世界が、哲学や文学、音楽や映画を通じて外の世界――すなわち未知の領域へとつながっていく。「迷うこと」でしかえられない豊かさがある。(くらもと・さおり=ライター)
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