久野収 寄稿 “連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想 『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月28日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第441号)

久野収 寄稿
“連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想
『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載

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1962(昭和37)年
9月10日号1面より
 反体制運動の分裂と思想の多様化のなかで、最近ようやく協力と連帯の論理が問われはじめている。階級の論理と市民の論理を、たんに共存させるのでもなく、また一方に他方を吸収するのでもない輻合の場を探求するうえで、アントニオ・グラムシ(一八九一年―一九三七年)の遺した業績は、今日あらためて検討に値いするものであろう。その選集の完結を機に、グラムシが今日の思想状況のなかでもつ意味を、哲学者の久野収氏に論じてもらった。(編集部) 
第1回
英雄の名に値いする思想家

「読書人」を編集する友人K君が現われて、さいきん合同出版から出されたアントニオ・グラムシ選集三冊と、獄中からの手紙『愛と思想と人間と』を示し、グラムシの思想的意味について感想を書けといわれる。ムッソリーニのイタリア・ファシズムに正面から対決しぬいたグラムシは、どういう角度から見ても、英雄という名に値いする思想家である。

グラムシとならんで一九二〇年代から三〇年代へかけての戦間期が生み出したもうひとりの思想的英雄、スペイン内乱に国際義勇軍の一員としてイギリスから参加して戦死したクリストファー・コードウェルは、『二十世紀作家の没落』(ダヴィッド社)という遺稿のなかで「英雄論」の一章をもうけ、レーニンがどのような意味で英雄であり、T・E・ローレンスがどのような意味で英雄になりそこなったかを論じている。コードウェルは主体と環境との賃借関係において貸方にまわる人物が英雄だとする英雄の大衆的概念を明らかにすると同時に、さらにすすんで、ほんものの英雄とはまず自分自身を支配することができ、そのことによって人物と事件の両方に流されるのではなく、かえってこの両方を支配し、やがて時代と歴史を作りかえる展望をひらきうる人物だとしているが、グラムシはちょうどそのような人物であった。私のような器量の人間が、とても正面から論じうるような場所にはいない。グラムシはなにかの専門家や批評家であるというワクをはるかにこえでているのである。
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