久野収 寄稿 “連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想 『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月28日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第441号)

久野収 寄稿
“連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想
『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載

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第4回
マルクス主義の二つの形態

グラムシは、十一年の獄中、病気と拷問に苦しめられながら、三十二冊、三〇〇〇㌻ におよぶノートをかきつづけ、このノートは彼の臨終に立ちあった義妹の気転によって霊柩室からこっそり持ち出された。日本の官憲は政治的確信犯人にたいして、読んだ書物からノートを取ることさえも禁止したが、さすがのムッソリーニも、しゃべることと聞くことを禁止しても、読むことと書くことだけはヨーロッパの法的水準に従って許さないわけにゆかなかったらしい。

第二次大戦後、グラムシの著作は、公的活動時代の論文を含めて、だれの目にもふれうるような形で公刊されることになった。こんど翻訳された「グラムシ選集」三巻は、そのごく一部である。ここにはイタリア的共産主義の最良の部分がたぶん含まれている。

マルクス主義は共産党以前のマルクス・エンゲルス時代の思想からはじまって、共産党的マルクス主義と非共産党的マルクス主義との併立時代を通って、在朝マルクス主義と在野マルクス主義との微妙な交錯の時代を迎えつつあるようである。

グラムシの思想は、戦間期の共産党的マルクス主義のなかで、もっとも在野的色彩の濃厚な、したがって自発性と創造性に富んだマルクス主義だといってよい。たとえばマルクス主義は『資本論』を中心とした経済学の領域におけるほど、政治学の領域では完成度をしめしていない。マルクス主義経済学が完結した学的体系として比較的成立しやすいのに反し、マルクス主義政治学は、権力のモメントに経済のモメントや心理のモメントや具体的人間のモメントを多元的に組み合わさなければ成立しにくい。だからそれだけ政治学の成立はむずかしさを加える。しかしそうではあっても、マルクス主義者としては、マルクス・エンゲルス・レーニンの文章をただ教典的に引用するのではなく、マルクス主義的政治学の完成に向って迫らなければならないだろう。グラムシが遺稿集のなかでくわだてた大きな仕事の一つは、マルクス主義政治学の確立へ前進する試みであった。自国の先輩にマキアヴェリやモスカのようなすぐれた政治学者をもち、第一次大戦後の現実政治の激動を、市民社会のかなり確立した国家のなかで指導者として体験したグラムシをまたなければ洞察しえなかったような真理が、この選集には数多く見出される。
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