久野収 寄稿 “連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想 『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月28日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第441号)

久野収 寄稿
“連帯”の政治と哲学を ――グラムシと今日の思想
『週刊読書人』1962(昭和37)年9月10日号 1面掲載

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第5回
異なる思想の“輻合の場”を


私のように、悪い意味で大衆化した社会の政治学でなく、市民社会の政治学や哲学を考え、それとマルクス主義的政治学や哲学との輻合の場所に民主主義的連帯の政治学と哲学を考えている人間にとっては、論旨の全部に賛成することはできなくても、じつに教えられるところが多い。たとえば西欧型の国々における陣地戦と市民社会がゼラチン状態にしかない外西欧型の国々における機動戦というカテゴリーの区別や、政治における支配と指導というカテゴリーの根本的区別と統一、こうした着想は、市民社会の政治学を考えるものにとっても、教えるところが大きい。

ベネデット・クローチェを摂取し、批判しながら、詩的直観と概念的認識との区別を論じた芸術学の新しい試みも、コードウェルの大著『空想と実在』などと併せて読むと、戦間期の在野的マルクス主義がどこまで到達していたかを示していて興味深い。例によって前説ばかりが長くなって、本論のスペースがなくなってしまったが、グラムシの多方面の思想は、マルクス主義の内外を問わず、思想を大切に感じる人間にとって、かたいクルミであっても、割がいのあるクルミであることを、遺稿集は語りかけている。(くの・おさむ氏=学習院大学講師・哲学専攻)
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