朝鮮学校の教育史 脱植民地化への闘争と創造 書評|呉 永鎬(明石書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月27日 / 新聞掲載日:2019年7月26日(第3299号)

朝鮮学校の教育史 脱植民地化への闘争と創造 書評
試行錯誤の中で作り上げる
多様で豊富な史資料を収集・発掘

朝鮮学校の教育史 脱植民地化への闘争と創造
著 者:呉 永鎬
出版社:明石書店
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朝鮮学校は〈近くて遠い場所〉である。高校無償化問題などで話題にされるわりには、その教育実態を知る人は少ない。〈北朝鮮のスパイ養成機関〉という排外主義団体の誹謗中傷は批判されつつも、それに近いイメージを多くの人が持っていることも否定できない。朝鮮学校を語るとき、私たちはあまりにも無知であり、あまりにも偏見にとらわれているような気がする。朝鮮学校とは何か。それはどのようにして生まれ、どのような教育を行っているのか。もう一度、歴史的かつ普遍的な視点から冷静に朝鮮学校を見つめ直す必要があるのではないだろうか。

本書は、朝鮮学校の教育の歴史を、「現在に至るその骨格が形成される1950~60年代」を中心に、「脱植民地化」という視点から検討した研究書である。山室信一によれば、「脱植民地化」とは、「国民帝国の帝国性の拒絶であるとともに、国民国家性の受容による自立」だという。これを導きの糸として、著者が朝鮮学校の本質を「脱植民地化装置」と規定した意義は大きい。なぜならば、その本質は政治的な視点にとらわれている限り、見えないものだからである。

朝鮮戦争と講和条約発効を機に、朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)を本国と仰ぐ総連が結成され(1955)、共和国からの教育費援助(1957)、共和国への帰国事業(1959)が開始される。この状況下、朝鮮学校の教育は本国教育の「移植」へと転換した。当時の朝鮮学校自身に意識されていたわけではないが、それは「国民国家性の受容による自立」という点において、「脱植民地化」をめざすものであったといってよい。

しかし、この「脱植民地化」は容易なものではなかった。在日朝鮮人の親たちは、子どもたちが日本で生きるための教育を求め、また、朝鮮学校の教師たちも、日本という環境に生きる子どもたちに相応しい教科書を求めたからだ。しかも、他方で、「朝鮮への誇り」を育むことが圧倒的に難しい日本の環境の中では、それを培うための特別な工夫も必要だった。この矛盾の中で、朝鮮学校の教育は試行錯誤を繰り返す。「脱植民地化」の核心である「正しい国語」(朝鮮語)の取得すら、日本語を第一言語とする在日朝鮮人の現実の前に、ことごとく「失敗」したのである。

ところが、著者はその「失敗」の中にも「脱植民地化の契機」はあったという。「正しい国語」の取得に失敗しても、それが在日朝鮮人として生きる自身の自省の起点となり、結果的に「帝国性の拒絶」となった。また、上記の試行錯誤の実践を通じて、在日朝鮮人自身に本国と「相対的に独自な存在としての在日朝鮮人を発見・再確認」させ、「在日朝鮮人という共同体」を立ち上がらせた。「本国の国民とは重なりながらも異なる、在日朝鮮人の文化や記憶を創造する・共有する場として、朝鮮学校は機能した」のである。

最後に、本書の意義をもう一つ挙げるとするならば、それは多様で豊富な史資料の収集と発掘であろう。それにより朝鮮学校における「脱植民地化」の様相を実証することができたからである。これまで朝鮮学校の「教育の中身」に関する史資料は、未整理とアクセス困難のため、その活用が極めて難しかった。しかし、著者の努力の結果、それが初めて可能になったのである。その意味でも、本書は貴重な労作といえよう。
この記事の中でご紹介した本
朝鮮学校の教育史 脱植民地化への闘争と創造/明石書店
朝鮮学校の教育史 脱植民地化への闘争と創造
著 者:呉 永鎬
出版社:明石書店
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