樹の人 瀧口政満作品集 書評|瀧口 政満(北海道新聞社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月27日 / 新聞掲載日:2019年7月26日(第3299号)

樹の人 瀧口政満作品集 書評
樹から彫り出される生命
「人にとっても、自分にとっても、良いように」

樹の人 瀧口政満作品集
著 者:瀧口 政満
出版社:北海道新聞社
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表紙のシマフクロウを見て、「どこかで見た」と思った。最初のページにも、力強く拡げられた風切り羽根が出てきた。

本を開き進めていくと、まるで風の精や樹の精のように見える女性が樹から彫り出されている。力強くもあり、か細くもあり、樹そのものでもあるかのような作品が次々と紹介されている。作品は、阿寒、旅人、カムイ、祈り、家族の項にそれぞれまとめられていて、項の後には、瀧口の娘・夕美氏が父のこと、作品のことを綴っている。それによって、なぜ作品が樹そのものであるように感じたかが理解できた。瀧口が彫刻を始めた息子・健吾氏に曲がりくねった木を見せながら「この木は頑張って生きている、すごいだろう。真っ直ぐのびる必要なんてないんだ」と話したそうだ。瀧口はあくまでも生命体である木の意志を見いだして、そこに見えてくる姿を彫り出していたのだろう。そうでなければ、大きく二股に分かれた樹に二人の少女を見い出したり、鶴の舞いが見えるはずがない。

読み進み、カムイの項~神々に見守られて暮らす~を開いた。直ぐに、あの彫刻群だと解った。以前宿泊したことのある阿寒湖畔のホテルで、風切り羽根を大きく拡げて飛び立とうとするシマフクロウや舞い降りるオジロワシなど、多くの作品に圧倒されたことを思い出した。何度もカメラのシャッターを切った。あれらの神々しい作品を彫った人が瀧口政満だったのだ。なんだか不思議な気持ちになった。

作品の中にアイヌ文様を纏ったシマフクロウがいた。評者はバンクーバー島へシャチとグリズリーを観に行ったことがあるが、そこで見たトーテムポールやシャチ、ハクトウワシ、オオカミなどの彫刻にも似たような模様が彫られていて、評者はすぐにアイヌ文様を思い浮かべていた。おそらく森の中で多くの生きものと共に暮らす人々に共通する文化は繋がっているのだろうと感じていた。バンクーバー島は、瀧口が訪れたカナダ西海岸とはジョンストン海峡を挟んで隣同士の地なので、あの豊かな森と海と多くの動物たちを瀧口も観ていたと思うと、ますます彼の作品が身近に感じられてきた。

瀧口は、27歳のとき阿寒湖・アイヌコタンの熊彫り名人藤戸竹喜へ弟子入りするが、彼は熊を彫ることはなく、妻のユリ子に似たメノコやアイヌ文様を彫り続けていた。藤戸氏は「彼とは弟子と親方ではないが、何かを習得していたんだと」と語っている。なぜ、熊を彫ろうとしなかったのかは解らないが、評者は瀧口の彫るヒグマを見たいと思った。

続く祈りの項では、道祖神を思い浮かべてページを捲っていた。突然キリスト像がでてきて驚いた。フランス人神父が阿寒湖畔を訪れて、新築する教会のキリスト像を信者ではない彼に「自由に彫ってほしい」と依頼したそうだ。彼は祈りの為の像を彫ることを戸惑うことなく喜んだという。妖精という精神的な存在を苦労しながら、楽しみながら、「人にとっても、自分にとっても、良いように」創り上げていった。自分を押しつけることのない彼の境地がそこに現れている。そんなところがフランス人神父にも感じられていたのかもしれない。

我々は彼の作品から、疾うに失われた自然への畏敬の念を呼び起こされるに違いない。それは自然と共に生きる民族が共通して持っている感性なのだと思う。瀧口氏は和人であるが、アイヌ文化に心引かれ、アイヌ民族のユリ子と結婚し、アイヌ社会で暮らすことで、その共通する感性が呼び起こされて来たのだと思う。これらの作品から受ける不思議な懐かしさは人類が持っている基本的な感性が揺すぶられるからではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
樹の人 瀧口政満作品集/北海道新聞社
樹の人 瀧口政満作品集
著 者:瀧口 政満
出版社:北海道新聞社
以下のオンライン書店でご購入できます
「樹の人 瀧口政満作品集」出版社のホームページはこちら
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