死んでいない者 書評|滝口 悠生(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞
更新日:2019年7月28日

何気ない会話が一つ一つ胸に染みる

死んでいない者
著 者:滝口 悠生
出版社:文藝春秋
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死んでいない者(滝口 悠生)文藝春秋
死んでいない者
滝口 悠生
文藝春秋
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 今回は、第154回芥川賞を受賞した滝口悠生さんの「死んでいない者」(初出・『文學界』2015年12月号)を選んだ。通夜のために集まった子供、孫、ひ孫…。様々な世代の親戚たち、それぞれの記憶が織り成す物語だ。

本書の特徴は、なんといっても「」でくくられない会話文だろう。故人の孫、知花とその父との会話「ペペ?ペペロンチーノ、しめじと、これはエリンギ?エリンギ。でも普通は入ってない、きのこ、え?ふつうは、ペペロンチーノには、きのこ、入ってない。」祖父が死んだと聞いたときに夕飯の支度をしていた時の会話だ。「たしかにあったどうでもいいことは、この世界にどのように残りうるのか。それともそのどうでもよさに忘れられ、いつかは消えてなくなってしまうのか。」これは一番好きな会話であり一番考えさせられた文でもある。家族の何気ない会話が家族を作っている。しかし、意識していなければ、何気ない会話は何気なさゆえに記憶から消えてしまう。人の脳は楽しいこと、怖かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、単純にインパクトをもった記憶しか残ってくれない。そう思うと切ない気持ちになる。急に今身近にいる人たちとの会話一つ一つが大切になった。

私にとって親戚という存在はあまり馴染みがない。血が繋がっていることは同じでも、毎日一緒に過ごしている家族とは違い、親戚は3年に一回会うくらいの頻度で、まだ全員の顔と名前さえ憶えていない。よく考えると不思議な存在だ。
そんな親戚と最近会ったのは、やはり、この本と同じように祖父の葬式だった。小学6年生の頃に初めて葬式に行った時の記憶を今でもとても鮮明に覚えている。まず、「親戚ってこんなにいるんだ」と思った。初めて会う人ばかりだったが、相手は「あーあのお嬢さんね。」と私の事を知っているようで戸惑った。真っ黒な服を身に纏って、お坊さんのよくわからないお経を聞き、お焼香の作法が分からずさらに戸惑った。目の前の死体にショックを受けた私は親戚と挨拶をする元気もなかった。周りは祖父に対して「綺麗な顔にしてもらってよかった。」「いい名前をもらえたわね。」などと言っていて、それが他人事に聞こえて、出された食事をまともに食べられなかった。まるで異世界に迷い込んだようで、たった半日がとても長い時間に感じた。家に帰った瞬間、現実に戻ってきた感じがして、身体がフワッとした記憶がある。
「斎場で通夜の準備が進むころには、その人を故人と呼び、また他人からその人が故人と呼ばれることに、誰も彼も慣れていた。」これは、作中に出てくる文である。目の前の死に対して、どうしても他人事にしたがってしまう私たちを表している文だと思う。けれど、その人のエピソードをそこにいる誰もが持っていて、忘れることなんてできない。親戚それぞれがどう死を受け止めていくのか。ゆっくりとした時間の中で、「」でくくられない何気ない会話が一つ一つ胸に染みてくる。親戚が紡ぎだす不思議な時間と輪が感じられた。

渡辺小春
初めてのお葬式の時の写真です。私はこの時何を思って、読んでいたのか気になります。
この記事の中でご紹介した本
死んでいない者/文藝春秋
死んでいない者
著 者:滝口 悠生
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「死んでいない者」出版社のホームページはこちら
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