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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年8月6日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(17)

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「現代の眼」をやめてから唯一手がけていたのが「日本読書新聞」の「顔」シリーズだったが、ほどなくして「街に戦場あり」という寺山修司、森山大道との共作となる連載が「アサヒグラフ」で始まることになった。
「あゝ荒野」は一年半に及ぶ連載が終わったあと、一年ほど経ってから単行本になった。中平さんは退社後もその刊行には関わっていて、小説の登場人物に扮した人物が並ぶ森山大道による表紙カバーの写真にも「協力」している。

その撮影の日、中平さんから「扮装そのままの格好で戻るから編集部に行って待っていて」という連絡があった。

カバー写真の撮影には中平さんの他にも数人の会社関係者が動員されていて、戻ってきた彼ら一行の姿を見て編集部の皆は笑い転げた。とりわけ中平さんのチンピラあんちゃん風の格好は受けて、「それって扮装しているんだっけ?」などと日常とあまり変わりない感じのはまり役ぶりにみんなは笑った。鏡を見て中平さんも笑っていた。まだポラロイド写真もない頃だから、皆はできあがる写真をそれぞれに想像して笑ったのだ。

その光景はよく覚えているのだが、なにせ私はその本を貰いも買いもしなかった。もう一度確かめてみたいと思って、近くの図書館で探してもらい手にはできたが、それにはもうカバーはなくなっていた。だからまた大宅文庫へ。そこで当時の「現代の眼」の中に小さな表紙写真をまじえた新刊広告の頁を発見し、カラーのカバー写真の記憶を甦らせることができた。「愛称〈バリカン〉と呼ばれる床屋無宿のちんぴら。吃りで赤面対人恐怖症。家出してボクサーになったかれは新宿ジャングルに迷う」という役柄に扮装した中平さんの姿に再会できた。

寺山修司はこの本のあとがきに、小説化については「普段私たちの使っている、手垢にまみれた言葉を用いて形而上的な世界を作り出すことは不可能だろうか」ということを思い続けていたから試みたものだと書いている。

「肌が(木村屋のパンのように)熱くもり上がっていた」とか、「体の中で牛乳が温まっているようなおっぱい」とか、「すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。廻っているけど、前進しない」という言葉が飛び交う小説は、中平さんが寺山の原稿を読み上げながら整理しているのを聴いていた私にとって、現実の街中を窓を開け放って走るバスの中から見えて聞こえてにおうほどの、臨場感溢れんばかりの作品に思えた。

中平さんは寺山修司に、「写真のような言葉で小説を書いてください」と持ちかけたのではないか。

写真は必ず実際に見えるもの、あるものを写さざるを得ないものだ。つまり引用せずには写真にならないのである。時には不自由なものだが、逆に言えば引用したものは見る人によってどんなものにも変化する。中平さんはそのズレを生む写真の特性に興味を惹かれて写真を面白いと思うようになった筈だ。その特性に触発されて、寺山修司との企みが生まれたのだと思える。そして今度は自分も参加する「あゝ荒野」のグラフィック版が始まる。

当時二人はだいぶ気の合う間柄になっていた。中平さんは「寺山と面白いことをやるんだ」と高揚して言っていたし、編集者を辞める決断もそんな準備が進んでいたからこそだったのだろう。森山さんと、写真家としてはマスメディア初登場の中平さんが、交互に寺山さんの文章と共演することになった。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)

   (次号へつづく)
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