2019年 夏の文庫特集号  文庫本というミクロコスモス 亀山郁夫さんが文庫を買う!|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月2日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

2019年 夏の文庫特集号
文庫本というミクロコスモス
亀山郁夫さんが文庫を買う!

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今年の夏は、文庫を片手に過ごしませんか?八月になり、ようやく本格的な夏の訪れを感じる今日この頃。
毎年恒例、年に一度の「文庫特集号」をお届けします。
名古屋外国語大学学長であり、ドストエフスキー作品の翻訳などで知られる、ロシア文学者・亀山郁夫さんにご登場いただきました。
三省堂書店神保町本店にて、一時間以上かけてセレクトした文庫本二十三冊。
ロシア文学をテーマにしながら、亀山さんご自身に関するこぼれ話もご紹介します。
この夏、あなたの読みたい一冊が見つかりますように。 (編集部)
第1回
●加賀乙彦『湿原 上・下』/●平野啓一郎『決壊 上・下』/●川上未映子『ヘヴン』/●中村文則『掏摸』


●加賀乙彦『湿原 上・下』(各一三〇〇円・岩波現代文庫)
湿原 上(加賀 乙彦)岩波書店
湿原 上
加賀 乙彦
岩波書店
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僕が選ぶ「究極の一冊」です。

昔、「ドストエフスキーとは永遠におさらば」という思いで、加賀乙彦さんの『ドストエフスキイ』を読みました。一人の作家にここまで書かれてしまうと、ドストエフスキー研究をこのまま続けても、僕並みの力では出番はないと痛感した。いわば加賀さんは、ドストエフスキーとの決別を決心させてくれた人です。

そんな思い入れのある加賀さんが書いた小説に、解説を書く機会に恵まれたのがこの本。すばらしくロマンティックな恋愛小説であると同時に、「死」や「死刑」、あるいは「国家の犯罪」といったスケールの大きな問題に人間の生と死のドラマを放り込んだ作品です。『宣告』も圧倒的ですが、サスペンス的な面白さから言うと、こちらに軍配が上がるかもしれません。解説を書いたという点でも愛着があるし、夏に読み直すのが楽しみです。


●平野啓一郎『決壊 上・下』(上巻七一〇円/下巻七五〇円・新潮文庫)
決壊(上)(平野 啓一郎)新潮社
決壊(上)
平野 啓一郎
新潮社
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平野さんは、無意識のうちに加賀さんの後を追いかけているような気がします。問題意識が似てるんでしょうか。 国家と個人という問題意識がつねに根底にある。『決壊』は、以前、秋葉原連続通り魔事件を予言したともいわれた作品ですが、私が感じたのは、ドストエフスキー『悪霊』からの影響です。読売文学賞を受賞した『ある男』も問題作でしたが、甘さを完全にそぎ落とした『決壊』に軍配を上げますね。私ははじめ平野さんをスタイリストと思っていたのですが、この一作で根本から印象が変わりました。彼は、むしろ文体破壊者なんです。とくにラストシーンは衝撃的です。最近の彼は、意識的に二つのタイプをかき分けているようですが、僕としては、『決壊』みたいに超ハードな内容のもので、もう一度、極限的なトライをしてほしいと思っています。


●川上未映子『ヘヴン』(五五二円・講談社文庫)
ヘヴン(川上 未映子)講談社
ヘヴン
川上 未映子
講談社
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今をときめく川上未映子さんの最初の長編小説で、「いじめ」をテーマにした本当に素晴らしい作品です。文体は平易ですが、決してするするとは流れていかない。随所に、作者のトラウマ的な自意識がはみ出している。それが、僕にはとても心地よいんです。並みの感性ではぜったい描きえない物語世界です。

すばらしいのは、善悪の観念にたいする相対的な視点です。「いじめるもの」と「いじめられるもの」の共犯性というのかな。『ヘヴン』を書いているとき、ドストエフスキーを読んでいたらしく、その影響がはっきりと見て取れるように思います。彼女の小説には、ともかくダイレクトに突き刺さる何かがある。それが、魅力なんでしょう。最近、『ウィステリアと三人の女たち』『夏物語』を続けて読んだので、もう一度『へヴン』に挑戦してみたいと思います。


●中村文則『掏摸』(四七〇円・河出文庫)
掏摸(中村 文則)河出書房新社
掏摸
中村 文則
河出書房新社
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ドストエフスキー的プリズムに当てた場合、日本の作家の中で、もっともドストエフスキーに近い想像力を備えているのが、中村さんじゃないかと思うんです。芥川賞を受賞した『土の中の子供』は、ダイレクトに『地下室の手記』を意識したものでした。彼の小説には、瞬発力っていうのかな、人間の中で炸裂する一瞬の光、不条理なものから輝き出す光みたいなものがある。

特に『掏摸』は傑作だと思います。ちょっと奇跡的といっていい作品で、中村さんが持つもっともすぐれた一面をかいま見ることができます。『教団X』のようなスケールの大きい作品も悪くないのですが、持ち味は、中編ですね。この作品が、大江健三郎賞を受賞したのは、大江さんが彼の中にある突き抜けていく力、才能を感じたからこそだと思います。
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