2019年 夏の文庫特集号  文庫本というミクロコスモス 亀山郁夫さんが文庫を買う!|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月2日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

2019年 夏の文庫特集号
文庫本というミクロコスモス
亀山郁夫さんが文庫を買う!

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第2回
●大江健三郎『大江健三郎自選短篇』/●髙村薫『照柿 上・下』/●辻原登『抱擁/この世でいちばん冴えたやりかた』/●村上春樹『海辺のカフカ 上・下』

●大江健三郎『大江健三郎自選短篇』(一三八〇円・岩波文庫)
大江作品は大学時代から読んでいたし、その苛烈な精神に、寄り添うように時代を生きてきたという思いもあります。僕が数年前に書いた小説『新カラマーゾフの兄弟』でも、大江さんの小説『洪水はわが魂に及び』をかなり意識しました。

最近、ナショナリズムの気運が高まる中で、一番傷ついてるのは大江さんだと思います。大江さんが声をかぎりに訴えかけてきたものが、何かしら無力化されていく。こうなると、やはり文学そのものでの闘いということになるのでしょうか。彼に対するシンパシーをもう一度取り戻したい、そして、現代をしっかり見つめる目を養いたい、そんな想いから、この短篇集を選んでみました。


●髙村薫『照柿 上・下』(上巻六三〇円/下巻五五〇円・新潮文庫)
照柿(髙村 薫)新潮社
照柿
髙村 薫
新潮社
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主人公の一刑事が女性の電車飛び込みを目撃する。そんなミステリアスな出だしから、凄まじい愛憎のドラマが展開する。髙村さんには、複眼的ともいうべき独特の空間感覚があって、それが彼女のミステリーに独自の奥行を添えています。彼女もドストエフスキーを深く読んでいる作家ですから、相通じるものがあるのだと思います。

でも、数ある作品の中から、なぜ『照柿』か。じつは裏話があるのですね。今から十五年ほど前、『カラマーゾフの兄弟』の翻訳にとりかかった際、何とか、髙村さんの文体を真似られないかと思ってこの『照柿』をカバンに入れて、「缶詰」に入ったんです。でも、『照柿』があまりに面白くて、せっかくの「缶詰」が台無しになってしまった。しかも、最終的には、理想とした彼女の文体からははるかに遠い地点での翻訳になってしまった……。


●辻原登『抱擁/この世でいちばん冴えたやりかた』(七九〇円・小学館文庫)
辻原登さんの作品は、ほとんど全部読んでいます。『冬の旅』にするか、どうかとても迷いましたが、敢えてこの中編を選びました。

本作は、二・二六事件を背景に、とある伯爵家の令嬢の小間使いとして仕えた少女の目を通して描いたゴシックホラー。発想がすばらしい。そして、ぞっとするような唯美主義、みごとなラスト。でも、これ、ほとんど一筆書きなんでしょう。日本には稀有なモーツァルト的天才だと思います。

辻原さんは、もちろん、長編もすばらしいのですが、本領は、短編かもしれません。ついでながら『枯葉の中の青い炎』もお勧め。天衣無縫で、どんな小さなモチーフからも物語を創ることができる。作家にな(れ)るなら、辻原さんのような作家になりたいです。


●村上春樹『海辺のカフカ 上・下』(上巻七四〇円・下巻七八〇円・新潮文庫)
海辺のカフカ(村上 春樹)新潮社
海辺のカフカ
村上 春樹
新潮社
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村上春樹さんの小説のなかで、いちばん好きです。ぜひ皆さんに読んで欲しい。物語の舞台となった場所に住みたくて、じつは、「野方」という街に今、住んでいます。

村上さんの長編は、すべて神話です。永遠の母性性との対話がある。とくにこの小説がそう。しかも扱っているテーマは父殺し。超モダナイズされた『カラマーゾフの兄弟』といってもよいでしょうね。実は、この小説との出会いにも裏話があります。モスクワの友人へのプレゼントと思って、成田空港でたまたま手に取ったのです。ところが、誘惑に耐え切れず、機内で読み始めたらとまらなくなってしまった。物語の世界にすっぽり支配されてしまって、結局、モスクワの印象が台無しになってしまったのです。それくらい、没入した経験がある一冊です。
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