2019年 夏の文庫特集号  文庫本というミクロコスモス 亀山郁夫さんが文庫を買う!|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年8月2日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

2019年 夏の文庫特集号
文庫本というミクロコスモス
亀山郁夫さんが文庫を買う!

このエントリーをはてなブックマークに追加
第3回
●米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』/●ヴィクトル・ユゴー『死刑囚最後の日』/●カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』/●レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ『アンナ・カレーニナ 1~4』

●米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』(七五〇円・集英社文庫)
同じく、成田空港で手に入れ、ルフトハンザ機の機内で読みはじめ、旅が台無しになった作品です(笑)。小説に夢中になりすぎて、結局、帰りのチケットをなくし、百ドルの罰金をとられました。

物語は、プラハ時代に主人公の少女が出会ったダンス教師の物語を軸に展開する。やがて明らかになる彼女の悲惨な運命。現代とスターリン時代の二つの時代を交錯する、一種のパラレルワールドを描きだしていきます。男性・女性といった性の領域を越えて、破天荒なユーモアとシニシズム、悲劇的な感覚が一体となった傑作。神が降りてきたというか、米原さんの他の作品と比べても群を抜いてすごい。ドゥマゴ文学賞受賞作であり、選考委員の池澤夏樹さん、「よくぞ選んでくれた!」と言いたい。

ちなみに、文庫版の解説は僕が書いています。


●ヴィクトル・ユゴー『死刑囚最後の日』(小倉考誠訳・九二〇円・光文社古典新訳文庫)
昨年ドストエフスキーの『白痴』の翻訳を終え、その解説を書きながら、読もうと思って読めなかった文庫です。文学における死刑と現実の死刑との間には、どんなリアリティの差があるのか。この夏には、ぜったい読もうと思っています。

ドストエフスキーは若い時代、国家反逆の罪でいちど死刑宣告を下されたことがあります。銃殺の直前に恩赦が告げられ、シベリア流刑となるのです。このとき死刑場で経験した恐怖と生還の喜びを、作家は、『白痴』の主人公に託して延々と物語るのですが、これがすごい。ドストエフスキーは、このとき、ユゴーのこの小説を意識していました。何と、この小説を書いた当時のユゴーは、ドストエフスキーが死刑判決を受けた年齢と同じだったのですね。


●カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(土屋政雄訳・九八〇円・ハヤカワepi文庫)
最初から選ぶと決めていました。

カズオ・イシグロにはほとんど関心が無かったのですが、ノーベル賞受賞後まもなく『わたしを離さないで』を読んで驚かされました。感傷的な恋愛小説かと思っていたのですが、実際に手にしてみたら、これがものすごくシビアでハードな世界で……。

今回、選んだ作品は、一定の年齢を経て読むべき小説かもしれません。認知症問題や人生百年時代における、非常に切実な問題を突きつけている。
長年、どんなに愛し合ってきた夫婦でも、たがいの記憶からそれが失われたらゼロです。そんな人間存在の不条理性と永遠性を、『母をたずねて三千里』の逆バージョン、つまり子探しという発想から描いている。しかも、時代を、古代のイングランドに置くという思いがけない設定。憎たらしいくらいにうまい語り口です。


●レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ『アンナ・カレーニナ 1~4』(望月哲男訳・一巻一一〇〇円/二巻九八〇円/三巻一〇八〇円/四巻九〇〇円・光文社古典新訳文庫)

加賀さんと辻原さんは、ドストエフスキー文学を志向しながら、別の世界を作り出しています。一方で、二人はそれぞれタイプは異なりますが、トルストイの偉大な継承者でもある。トルストイに学んだ作家たちは、同時に複数の人間を描くことができる。彼らはドストエフスキーの世界観に惹かれているけれど、作家の本音としてはトルストイに惹かれているんじゃないかな。

それにしても、これほど切ない人妻の恋の話はない。ありとあらゆるところに存在しているような愛の物語でありながら、最後、アンナが狂っていく場面は、普通の作家では書けません。

素晴らしい語学力を持った望月哲男さんの翻訳を通して、もう一度読み直したいですね。
1 2 4 5 6
この記事の中でご紹介した本
このエントリーをはてなブックマークに追加
亀山 郁夫 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文化・サブカル > 読書関連記事
読書の関連記事をもっと見る >