藻屑蟹 / 7073(徳間書店)未曾有の災害の一面を小説に 息苦しいような同調圧力を感じながら生きた五年間|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

未曾有の災害の一面を小説に
息苦しいような同調圧力を感じながら生きた五年間

藻屑蟹
著 者:赤松 利市
出版社:徳間書店
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帯にはこう書かれている。

この物語が、現実だ。

そしてこうも。

元除染作業員が描く、震災の闇。

この「元除染作業員」というのが私で、確かに私は、その市の一部が原発二〇キロ圏内に含まれる福島県南相馬市で除染作業に携わった。その経験をもとに、本書の第一章を書き上げて、第一回大藪春彦新人賞に応募した。作品の仕上がりは満足できるものだった。唯一懸念したのは、賞の選考委員が原発事故の避難民というナイーブな問題に触れている内容を推せるだろうか、ということだった。一歩間違えば炎上してしまう内容に、出版社が二の足を踏むのではないかとも心配した。それは全くの杞憂で、応募した短編は大藪春彦新人賞を受賞させていただいた。賞賛のお言葉も頂いた。

本書はそれを第一章とし、二章、三章、四章を書き加えたものだ。私がテーマとして考えたのは、原発事故の巨額な保証金、事故処理に投入された巨額な復旧資金に群がり、そして歪められていく人間の赤裸々な姿だ。それはフクシマに限った事ではない。隣県の宮城県でも、さらに北に位置する岩手県でも、東日本大震災の傷痕は、莫大な「金」で歪められてしまった。フクシマで除染作業に携わる以前、宮城県で復興土木の作業員として働いた私の目にはそう映った。そして当時日本中に蔓延し、あるいは世界さえも巻き込んだ同調圧力があった。

それが原発であれ、津波であれ、その犠牲者や避難民を、悪しざまに言うことなど許されない、息苦しいような圧力を日々感じながら、私は被災地で五年間、土木作業の汗と泥に塗れた。

しかし「金」は人間を変える。受け取った本人だけでなく、その周囲の人格も卑しくしてしまう。むしろ後者のほうがより顕著であったように思う。ジジババを見捨てて逃げた人間が弔慰金一億円を手にしたなどと、根拠のない金額が独り歩きする様を、一度や二度ではなく耳にした。

その様をギリギリのところで書いた作品が本書である。もっと書けることはたくさん見聞きしたが、誹謗中傷が私の目的ではない。露悪趣味に訴えるのも本意ではない。あの時、被災地ではこんな事が起こっていました、その空気だけ使えればいいと考えた。未曾有の災害の一面を小説として残しておきたかった。

安達太良サービスエリアは福島県郡山市を出た深夜バスが休憩に寄る最初のSAだ。そこに奇妙な横断幕が掛かっていた。

「私たちは頑張っています」

誰が誰に向けて掲げた横断幕だろう。しばし考えた。ふと思い付いた。これは福島からフクシマに変わってしまった故郷に残って、復興に携わる人たちが、フクシマから避難した人たちに向けて掲げたメッセージではないのか。

「私たちは頑張っているからね。いつか情勢が落ち着いてあなたたちが戻ってくるのを待っているよ」

そう思えて、私は泣いた。涙が止まらなかった。
この記事の中でご紹介した本
藻屑蟹/徳間書店
藻屑蟹
著 者:赤松 利市
出版社:徳間書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「藻屑蟹」出版社のホームページはこちら
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