戦場のコックたち / 7075(東京創元社 )やりたいようにやった生まれてはじめての長編|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

やりたいようにやった生まれてはじめての長編

戦場のコックたち
著 者:深緑 野分
出版社:東京創元社
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二〇一三年の某日、バイト先からの帰り道、私は東京創元社の担当Fさんと電話していた。三年間の難産の末にようやく生まれた独立短篇集でデビューを果たしたばかりの晩秋、次は何を書きましょうかねえと、談笑交じりでのんびり打ち合わせていたのである。実のところそれまで長編小説を一度も書いたことがなく、自分にどれくらいのものが書けるのかもわからなかった。架空の北国を舞台にしようかとか、前から興味があった写本をテーマにしようとか、あれこれ提案している中に、それはあった。

「戦場でコックの話はどうでしょう」私はごく軽く口にした。「日常の謎は人が死なないのが普通ですけど、人が死ぬ環境で人が死なない日常の謎を組み合わせてみたら」。

すると担当さんが急に真面目な声音で「いいですね」と言った。採用されるとはまるで思っていなかった私は、言い出しっぺのくせに「えっ、いいんすか?」と返してしまった。とはいえ、このアイデアでなければ嫌だ、と直感したのも事実である。

私は〝気が乗らないと能力の半分も発揮できない〟という社会人には厄介な特徴を持っている。表面的には愛想がいいので「えー、まあわかりました」と言ってしまいがちだが、防御壁の内側にいる本当の私、すなわち実際に執筆する部分は非常に好き嫌いが激しく、獣のように真っ直ぐで、そいつが書きたがらないと駄作が生まれる。しかし戦場のコックのアイデアは、そいつが〝めっちゃ書きたい〟と目を輝かせて言うのだ。

準備を整えて執筆をはじめるとこれがまた楽しい。何しろ私はHBOのドラマ『バンド・オブ・ブラザース』の大ファンで、正直なところほとんど二次創作の気分で書いた(部隊が同じなだけで内容は違うが)。他の仕事につまずくと気分転換にコックを書き、とにかく好きなように、やりたいようにやった。生まれてはじめての長編なのでブレーキのかけどころもわからず、ただただ行きたいところまで突っ走った。

まさかこの後、あれこれの賞にノミネートするなど予想だにせず、刊行してから自分がしでかしたことの重大さに顔面蒼白となった。やばい。これほど広く読まれてやっと、調査の深度も足りず、外国を舞台にすること、当事者でないものがその人々の物語を書く行為のデリケートさに気づいた。いや、無防備って良くないよ。

『戦場のコックたち』は若き主人公たちが迷う話でもあるが、作者自身も学ぶところが多かった小説だ。
この記事の中でご紹介した本
戦場のコックたち/東京創元社
戦場のコックたち
著 者:深緑 野分
出版社:東京創元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「戦場のコックたち」出版社のホームページはこちら
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