意識と本質 精神的東洋を索めて 書評|井筒 俊彦(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

豊饒な思想の宇宙を一冊に

意識と本質 精神的東洋を索めて
著 者:井筒 俊彦
出版社:岩波書店
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 『意識と本質』は、井筒俊彦の代表作である。しかし、世界的な『コーラン』意味論の研究者にしてイスラーム神秘主義哲学の研究者という井筒思想の核心を求め、この書物を読み進めていこうとした者のほとんどは、その冒頭で途方に暮れてしまうであろう。

井筒のもつ常人離れした語学の能力、日本、中国、インド、ギリシア、そしてイスラームの哲学に関する広範な知識は、読者を完全に圧倒してしまう。私もまた、井筒の死の直後、はじめて岩波文庫の一冊として手に取った本書を、結局最後まで読み通すことはできなかった。

なによりも、冒頭で論じられる、イスラームに淵源しヨーロッパ中世のスコラ哲学で大論争を引き起こした二つの「本質」、「もの」そのものを成り立たせる固有の存在性を指し示す「本質」と、概念の普遍性を指し示す「本質」の相異がなぜ重要なのかまったく理解できなかった。また、井筒が複雑で多岐にわたる「東洋思想」全体におよぶ共時論的構造化をなぜ目指さなければならなかったのか皆目見当がつかなかった。

しかし、それは、井筒という思想家の全貌がまったく見えていなかったからである。井筒は日本語で著作を書くだけでなく、それに匹敵するほどの分量の著作を英語で書いていた。なぜ『コーラン』を自分の手で翻訳しなければならなかったのか、その方法論にして自身の特異な意味論の構造を説明した『言語と呪術』(一九五六年)、イスラーム神秘主義思想と中国神秘主義思想を比較対照した大著『スーフィズムと老荘思想』(一九六六年)を英語でまとめ、一九六七年から『意識と本質』刊行直前(一九八二年)に至るまでほぼ毎年、スイスのマジョーレ湖畔で開催されたエラノス会議に参加し、「東洋思想」について英語で講演を行っていた。

それら英文著作の主要なものがようやく日本語で読めるようになった。そこであらためて『意識と本質』を読み直してみれば、この一冊の書物に井筒がその生涯をかけて探求した主題のすべてが極度に濃縮したかたちで詰め込まれていたことが分かる。井筒の探求を貫いていたのは言語のもつ論理性と呪術性、世界を秩序づける意味の分節性と世界を発生させる意味の無分節性という二つの極の対立と交響であった。

『意識と本質』は、豊饒な井筒俊彦の宇宙、その思想のエッセンスを一冊に封じ込めたものであり、読み直すたびに新たな発見をもたらしてくれるという点で現代の古典と称することがふさわしい。
この記事の中でご紹介した本
意識と本質 精神的東洋を索めて/岩波書店
意識と本質 精神的東洋を索めて
著 者:井筒 俊彦
出版社:岩波書店
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