ハサミ男 書評|殊能 将之(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

全体に漂う虚無の味わい

ハサミ男
著 者:殊能 将之
出版社:講談社
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ハサミ男(殊能 将之)講談社
ハサミ男
殊能 将之
講談社
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文学や詩歌のペダンティックな引用と、俗っぽい芸能人ネタや大衆音楽ネタを同列に記述する。ミステリでありながらミステリを皮肉り、茶化し、それどころかその根幹にある「知性」をも懐疑してみせる。それでいて徒に相対主義に走らず、文章にも物語にも余裕とユーモアが横溢している――殊能将之氏の作風は、デビュー作『ハサミ男』でほぼ完成されていると言っていい。

女子高生を絞殺し、その死体にハサミを突き立て放置する連続猟奇殺人犯「ハサミ男」。次の獲物である少女を尾行していると、少女は何者かに殺害されてしまう。その死体の喉にはハサミが突き立てられていた。自分の模倣犯の存在を知ったハサミ男は、その正体を探ろうと捜査を始めるが――。

殊能氏はデビュー前に発行していたミニコミで「ぼくはサイコ・スリラーが大嫌いなのです」と明言していた。理由は今となっては不明だが、本作を読むと氏がいかに世間に流布している「猟奇殺人犯」「プロファイリング」のイメージを疑問視していたかは分かる。例えばハサミ男は毎週末に自殺を試みる(そして必ず失敗する)以外、基本はアルバイトに精を出すか、テレビを観て過ごしている。つまり普通だ。そしてコメンテーターが憶測する「狂人・ハサミ男」の人物像を冷ややかに眺めている。また刑事たちの会話ではプロファイリングの実態が通俗的なイメージといかに乖離しているのかを暴いているし、何よりメイントリックの一つはサイコ・スリラー好きであればあるほど気付きにくい性質のものである。

個人的な見所は終盤、模倣犯と対峙し「動機」を聞き出した後の、ハサミ男のある台詞だ。初読の際は作者の場違いなブラックジョークに大笑いし、「この人物にこの台詞を言わせるのか」と感動すら覚えた。直後、模倣犯が激昂してハサミ男を殴打するが、「まあ怒るよな」と納得してしまったくらい、その台詞は痛烈なのだ。

斯様に皮肉とジョークに溢れた本作だが、全体に漂う空気はどこか寂しい。猟奇殺人犯、模倣犯の被害者、遺族、刑事たち。誰も本当の意味で他人と交わることをせず、目を背けるか或いは都合のいい思い込みに浸って生きているからだ。特に後半、模倣犯の被害者の母親と、ハサミ男が公園で会話するシーンは、その寂しさが虚無の域にまで達している。この虚無の味わいがすっかり癖になってしまい、今日も私はこのくだりを再読してしまうのだった。
この記事の中でご紹介した本
ハサミ男/講談社
ハサミ男
著 者:殊能 将之
出版社:講談社
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