ばけもの好む中将 書評|瀬川 貴次(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

ばけもの話はすれど本物は出さない

ばけもの好む中将
著 者:瀬川 貴次
出版社:集英社
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ばけもの好む中将(瀬川 貴次)集英社
ばけもの好む中将
瀬川 貴次
集英社
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千年昔の平安時代といっても、人間の喜怒哀楽自体はそう大きく変わりはすまいと、勝手に思っている。ので、現代の価値観で、平安貴族の華麗さはしっかり取り込み、わくわくするような話を作ってみようと試みた。

余人は知らず、自分にとってわくわくするものとは、ばけものとバトルとばあさんである。特にばけものは昔から大好物で、ばけものや、ばけものじみた人物が出てくる話ばかりをずっと書いてきた。

が、ここで少しばかり趣向を変え、ばけものそのものは登場しないけれども、違う意味でばけもの出し放題といったストーリーはどうだろうと考えた。

そして生まれたのが『ばけもの好む中将』――ばけものが大好きな変わり者の貴公子が、怖がりの中流貴族をお供に怪異を訪ね歩くも、本物にはめぐり会えずにフラれまくるといった物語だった。これなら、堂々とばけものについて語ることができ、なおかつ、ファンタジーに興味のない層にも受け容れてもらえるのではないかと期待したのだ。

それから、いつもではないが、物語を作るときに「これだけはやらない」との縛りを自分に設けることがある。『ばけもの好む中将』の場合は「ばけもの話はすれど本物は出さない」だった。

もっとも、絶対にというわけではない。どうしても破りたくなったとき、本当にそれでいいのかと自分自身に再確認するための試金石ぐらいの気持ちだ。なおかつ、これさえ守ればあとは好きにやっていいだろうとの免罪符にもなっている。

そのせいなのか、『ばけもの好む中将』はときどき、平安時代にはあり得ないような展開に流れがちだ。それを面白がれるか、興ざめだと感じるかは、読者各人にお任せするしかない。前者が多かったから、八巻も続いてこられたのだと信じたいところではある。

ここまで腹をくくって臨んでいながら、
「ああ、このあたりで生首をごろごろ転がせられたならどんなにいいか。巨大ばけものをドーンと出して、大立ちまわりをやらせたら、作者も気分爽快、話もきれいに終わらせられるのに。怪異が全部、人間の仕業だったからといって、『本当に怖いのは人間』だなんてこと、これっぽっちも思っちゃいないんですよ。すみません、すみません」

と、毎回、臓腑をかきむしり、無駄にのたうち廻っているのであった。
この記事の中でご紹介した本
ばけもの好む中将/集英社
ばけもの好む中将
著 者:瀬川 貴次
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ばけもの好む中将」出版社のホームページはこちら
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