田村はまだか 書評|朝倉 かすみ(光文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月3日 / 新聞掲載日:2019年8月2日(第3300号)

五人五様の「田村」への想い

田村はまだか
著 者:朝倉 かすみ
出版社:光文社
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田村はまだか(朝倉 かすみ)光文社
田村はまだか
朝倉 かすみ
光文社
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舞台は深夜の札幌、ススキノにある小さなスナック「チャオ」。クラス会の三次会から流れた五人の男女が、その店で一人の男を待っている。嵐とも呼べそうな悪天候のせいで、札幌着が遅れに遅れたため、クラス会には間に合わなかったその男が「田村」だ。

小学校の同級生同士の彼らは、同い年(40歳)で、結婚しているものもしていないものもいる。田村を待っている五人それぞれの背景を描きつつ、彼らが記憶している「田村」の断片が描かれていくのだが、読みすすめていくうちに、読者の目にも、未だ見ぬ「田村」が次第にその像を結んでくる。

小学校から徒歩15分のところにある三棟続きの木造平屋。廃屋まがいのその平屋に、男出入りの激しい母親と二人で暮らしていた田村。隣家のじいさんに頭を刈ってもらっていたため、頭が常に虎刈りだった田村。ドッジボールのクラス対抗戦で、うまい攻めや守りをやったときにかわすハイタッチさえ、伏し目がちでかわした田村。

五人のうちの一人は、田村といえば「ぼんのくぼ」だと言い、もう一人の「分をわきまえすぎてるって感じ?」という言葉に対して、別の一人が「身の丈にものすごく合わせようとしている、っていうか、四角いトマトになろうとしているっていうか」と返す。
「あらかじめ諦めているっていうのかねぇ」とまた別の一人が分析すれば、「田村は孤高な小六だったな」と五人めがまとめる。

五人五様の田村観があり、五人が五人、それぞれの「田村」を想っている。小学校を卒業して四半世紀以上を経てもなお、彼らの胸の奥には、お守りのように「田村」がいる。人生の真ん中あたりにいる彼らには、歩んできた人生があり、これからも歩んでいく人生がある。そんな彼らにとっての特別な存在が田村なのだ。

彼らの中に「田村」がいる限り、彼らの人生は大丈夫だ、と物語を読みながら思う。いいことも悪いこともあるだろうけれど、きっと彼らは、彼らの〝内なる田村〟に恥じる様な人生は送らないはずだ、と、そう思う。

読み終えて、私たちは気づく。いつの間にか、読み手である自分にとっても、田村の存在が小さな、けれど確かなお守りのようになっている、と。人生はいろいろあるけれど、大丈夫、この同じ空のどこかには田村がいるのだから、と。そう思えることの素晴らしさ、有り難さ。それが本書の肝である。
この記事の中でご紹介した本
田村はまだか/光文社
田村はまだか
著 者:朝倉 かすみ
出版社:光文社
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