梅原 猛 寄稿 [三島由紀夫氏への公開状] 死せる“神の思想”の復活 ――「対話・日本人論」にひそむ誤謬 『週刊読書人』1966(昭和41)年12月5日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月4日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第653号)

梅原 猛 寄稿 [三島由紀夫氏への公開状]
死せる“神の思想”の復活 ――「対話・日本人論」にひそむ誤謬
『週刊読書人』1966(昭和41)年12月5日号 1面掲載

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第3回
モダンで浅薄な定家の理解

三島 由紀夫氏
定家についてあなたがどんな小説を書かれる気かしりませんが、私はこんな理解ではとても定家という人間の秘密も、日本美の秘密も解けないかと思います。自分を神にしようとする人間、それはあなたがニイチェや、サルトルから学んだあまりに西洋的な概念だと思います。あなたは西洋直輸入の思想を笑っていながら、自己を神にする人間というような文学青年を喜ばすモダンで浅薄な概念で定家をとらえようとしますが、現実の定家はあなたの論理のあみの目からぬけてゆくのではないかと思います。定家は「もうひどいもので」「おとぎ衆の屈辱をなめた」とおっしゃるが、「もうひどいもので」「おとぎ衆の屈辱をなめた」ものは定家ばかりではありません。専制君主後鳥羽院の前にはすべての臣下はそういう状態だったと思います。私は後鳥羽院と定家の対立には、日本の美学の中心問題ばかりか、一般に政治と芸術の関係という実にむつかしい問題が含まれているように思うのです。何故なら古代的な専制君主制を理想とする後鳥羽院は万葉美学剛健美学の復興者であり、政治と文学の一致を主張するのですが、定家は徹底的に古今美学あわれの美学の上にたち、政治と文学の分離を主張するのです。定家に関する歴史のイロニーは、彼が芸術的立場において、王朝的なものに徹底することによって、かえって政治的には武士の支配に従い、それによって政治的な武士階級の支配の時代を通じて彼が芸術の神として生きつづけたということです。定家をただ自己を神にしようとする人間と解釈して、生前における定家の悲惨さと死後における神格化とをイロニー的に対立さすだけではさっぱり後鳥羽院と定家の人間像も、日本美の秘密もとけないのではないかと思います。西洋から借りた自己を神にしたいというような人間像で定家を見ることは余りに思想的に貧弱な思いつきだと思います。定家ばかりか、あなたの作品の多くは、逆説的な概念の面白さだけがねらいで、真の人間が書けていないように思うのは余りに思想的な私のひが目でしょうか。
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