梅原 猛 寄稿 [三島由紀夫氏への公開状] 死せる“神の思想”の復活 ――「対話・日本人論」にひそむ誤謬 『週刊読書人』1966(昭和41)年12月5日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月4日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第653号)

梅原 猛 寄稿 [三島由紀夫氏への公開状]
死せる“神の思想”の復活 ――「対話・日本人論」にひそむ誤謬
『週刊読書人』1966(昭和41)年12月5日号 1面掲載

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第4回
真面目に思想を扱うこと

『対話・日本人論』(番町書房)表紙
また仏教についてあなたはこのようなことをいいます。「大乗仏教ね、大乗仏教というとたいへんなことになるけれども、そのなかで、唯識の無着の摂大乗論だけに集中して、少しかじっていろんな人の話も聞きましたけれどもむずかしくてわからないですね。それである若い仏教学者に聞いたら、あれは気違いにならなければわからないと言うのです。あれは正気の人にわかるわけがないと言うのです。そのかわり唯識説のよくできているところは、ちょうど、水のなかに一段一段下りていく階段があって、知らない間に足まで水がきて、知らない間に胸まできて知らない間に溺れているというふうにできている。それはなにかというと、やはり大きな哲学の論理構造ですね。それが思想というものだと言うのです。」

どういう仏教学者に聞いたか知れませんが、よっぽど馬鹿な仏教学者だと思うのです。そういう馬鹿な人の馬鹿な説を、もっともらしく聞いているあなたも、多少どうかしているのではないかと思いますが、唯識は知らないうちに胸までつかり、知らないうちに溺れている大水のようなものでないことは確かのようです。唯識は申すまでもなく識、すなわち心の研究です。紀元五世紀頃に、既に心の実に精密な研究が東洋にあったことは一般に西洋を合理、東洋を非合理と考える俗説にたいして大へん有力な反論を提供するものだと思うのですが、その心理の研究にはフロイド心理学、あるいはフロイド以上の心理学が含まれています。私は唯識研究は、今後の東洋思想研究の宝庫であり、また日本における心の思想の発展を研究するにはぜひ必要な研究課題であると思うのですが、あなたのように、「知らない間に溺れている大水」という解釈では、唯識もへったくれもありません。仏教思想なんかなまかじりにやられず、あなたはやっぱりあなたが軽蔑していらっしゃるらしい吉行さんや、舟橋さんのように、お得意の女の体のことをお書きになっていられる方が御似合いと思いますが、少なくとも思想らしきものをもった小説をお書きになる気なら、もっと真面目に思想を扱ってほしいと存じます。
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