井口淳子著『亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ』が刊行|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月12日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

井口淳子著『亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ』が刊行

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 井口淳子著『亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ』が刊行された。四六判・248頁・本体2600円。

1940年代の中国大陸を上空から眺めてみよう。広大な陸地に農地が広がるが、ところどころに戦火に荒れた都市が目に入る。近代中国の歴史の中でもっとも悲しい想いの続く戦争の時代である。視線をずっと南東の方向に移すとこの時代でありながらまだきらきらと輝く灯火に、華やかな活動を続ける都市が見える。上海だ。ぐっとカメラを近づけてみると、中でも人の集まる場所に一つの劇場があり、入り口付近には毛皮のコートに身を包む西洋人が集まって開場を待っている風景が認められる。Lyceumと描かれている。ライセアムシアターと呼ばれ、中国人は蘭心大戯院と称したが日本人はライシャム劇場と呼んだコンサートホールがここである。

当時、上海にはフランス、イギリス、そのほかに西洋各国が共同してそれらの国の人々を安全に住まわせていた租界という区域が作られていた。租界という言葉を念のため百科事典で調べてみよう。(旧中国に存在した外国の特殊権益の一つで、外国人がさまざまな特権をもっていた地区。中国の半植民地的性格を示すものである:小学館日本大百科全書・ニッポニカより一部抜粋)

このため、戦争の真っ只中ではあっても外国の居留民は生命の安全が保証されており、革命後のロシア人や迫害から逃れてきたユダヤ人など多数がこの上海に暮らし、オーケストラの楽団員、バレエダンサー、演劇人など多くの芸術家も集まっていたのである。彼らは生活の糧を得るためもあるが止みがたい芸術への情熱を抑えきれず、ライシャム劇場を舞台に質の高い活動を展開していた。

本書はその後の戦火をくぐり抜け、革命後の中国政府の追及からも逃れることのできた新聞その他の資料をもとに、上海にたどり着いた芸術家たちの活動を、丁寧に時間の流れとともに紹介した貴重な出版である。

1900年の初めから戦争が終結するまでの約50年間に、上海に咲いた香り高い音楽の歴史を知るにはこの本が絶対に必要であろう。まさに音楽之友社という、この社ならではの1冊となっている。

惜しむらくは著者が丁寧に資料を追って紹介することに腐心するあまり、事実の紹介に比重が置かれ、この時代の音楽家たちの心や、演奏を楽しんだ観客の様子などは資料の写真から読者が推察する他はない、ということだろうか。

いまの私たちにとってそれほど遠い存在ではない指揮者の朝比奈隆や作曲家の服部良一、作家の武田泰淳などが文中に登場するのも、ライシャム劇場が日本との深いつながりのある存在であったということを、示してくれている。(K)

音楽之友社☎03・3235・2151
この記事の中でご紹介した本
亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ/音楽之友社
亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ
著 者:井口 淳子
出版社:音楽之友社
以下のオンライン書店でご購入できます
「亡命者たちの上海楽壇 租界の音楽とバレエ」出版社のホームページはこちら
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