白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読む 書評|高島 敏夫(朋友書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読むの書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年11月18日 / 新聞掲載日:2016年11月18日(第3165号)

白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読む 書評
独特の「世界観」を考える 白川文字学「第二世代」の挑戦の書

白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読む
出版社:朋友書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
苦学の中から身を起こし、ついには文化勲章を受章するに至った中国学者、白川静。その研究領域は幅広いが、最も広く知られているのは、言うまでもなく漢字の成り立ちに関する研究だろう。いわゆる「白川文字学」である。『字統』に始まる字書三部作が版を重ねているのはもちろんのこと、没後一〇年を経ても関連書の出版はやまず、全国に「白川ファン」を生み出し続けている。

白川文字学は、なぜそれほどまでに魅力的なのだろうか?
白川静は、古代文字を手がかりとして、現代日本に生きる我々には想像もできないような、古代中国の人びとの呪術的な生活習慣を描き出した。はやりの表現でいえば、そこには独特の「世界観」がある。それこそが、白川文字学の魅力の源泉となっていることは、間違いない。

ただ、「世界観」とは、はっきりと感じられはするものの、きちんと説明することができないものの謂いである。白川文字学の場合も、例外ではない。字書三部作や一般向けの入門書を読めば、その壮大な世界を感じることはできる。しかし、それについてきちんと体系的に考えることは、容易ではない。なぜなら、白川静の文章はしばしば複雑で、難解だからである。

本書では、そんなもどかしさを打破すべく、白川文字学の初期の論文を、高弟がていねいに読み解いていく。取り上げるのは、「文」「史」「冊」「師」「南」という五つの漢字の成り立ちに関する論文。いずれも白川文字学の根本に関わる内容を含んでいるが、中でも、本書の特色がよく出ていておもしろいのは、「冊」を扱った第3章だろう。

現在の日本語では書物を数える際に使われる「冊」は、古くから、「文書」を指して用いられてきた。しかし、白川説によれば、本来の意味は、動物を飼っておくための囲い、つまり「柵」だという。そのことを論述する白川静の筆は、複雑を極める。著者は、「もう少し整理した上で執筆できなかったものか」と不満を述べつつも、師の思考過程を誠実に追いかけていくのである。

そこから立ち現れるのは、煩雑な用例分析をおろそかにしない、実証的で手堅い研究者としての白川静の姿である。白川文字学はあまりに壮大であるために、しばしば、論理の飛躍や転倒があるように感じられることがある。しかし、本書によってその根底に緻密な実証研究が据えられていたことを知り、驚く読者は多いだろう。

この章の最後に、著者は、白川説が残したいくつかの問題点について、自らの解決策を提示してみせている。それが可能となったのは、複雑に入り組んだ師の思考過程をまるごと受け止め、咀嚼しようとした努力の賜物だろう。そういった著者自身の知見が随所に示されているのも、本書の読みどころの一つとなっている。

考えて見れば、ある人が持つ独特の「世界観」とは、その人が全人格を懸けて生み出したものにほかならない。白川文字学が読者の目に魅力的に映るのは、中国古代の習俗が明らかになるからだけではなく、その向こうに白川静という一個の人間を感じ取ることができるからなのだろう。白川文字学を体系的に考えるのがむずかしい理由も、そこにある。人格とは、そう安易に全体像を把握できてよいものではないからだ。

とはいえ、白川文字学が「学問」として発展するためには、その困難な課題が克服される必要がある。壮大な「世界観」を漠然と感じ取るのではなく、その根底にある論理構造を明らかにしてきちんと理解し、さらに一歩を進めていかなければならない。いかに壮大に見えようとも、白川文字学とて、完全無欠の大系ではないのだから。

本書は、白川文字学「第二世代」の挑戦の書でもある。こういった作業の積み重ねの上に、文字学の新しい地平が切り拓かれることを、期待したい。
この記事の中でご紹介した本
白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読む/朋友書店
白川文字学の原点に還る 「甲骨金文学論叢」を読む
著 者:高島 敏夫
出版社:朋友書店
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
円満字 二郎 氏の関連記事
ok
2019年10月28日
ok
2019年10月21日
ok
2019年10月14日
2019年10月6日
ok
2019年10月1日
ok
2019年9月23日
ok
2019年9月16日
ok
2019年9月9日
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >