美しく呪われた人たち 書評|F・スコット・フィッツジェラルド(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月10日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

美しく呪われた人たち 書評
もっとも「フィッツジェラ ルドらしい」小説

美しく呪われた人たち
著 者:F・スコット・フィッツジェラルド
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:作品社
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 本書は、二十世紀前半のアメリカを代表する作家の一人であるF・スコット・フィッツジェラルドの長編小説二作目にあたる。1910年代のニューヨークを舞台に、大富豪である祖父の死後に莫大な財産を相続することを期待しつつ、定職につかず優雅な暮らしを送るアンソニー・パッチと、類稀な美貌を持ち、上流階級の独身男たちの求愛を一身に集めるグロリア・ギルバートという二人の若者が出会い、結婚し、その後、酒とパーティにまみれた乱脈的な結婚生活のうちに二人の人生が徐々に破綻していく、というのが物語の筋である。 

訳者もあとがきで指摘するように、この作品はフィッツジェラルドの長編小説の中でもこれまで注目されることが極端に少なく、邦訳も今回が初となる。その理由を見つけるのは容易いだろう。大した事件が起こらない割に長いこと、主人公たちがあまりにしょうもない人物に見えること、結末がアンチクライマックス的であること、などなど。にもかかわらず、実際に読んでみると、この小説は「フィッツジェラルドらしい」魅力がふんだんに詰め込まれた実に面白い作品なのである。

では「フィッツジェラルドらしさ」とは一体何だろう? 一言で言えば、それは身の回りの物事への過剰なまでに鋭い情緒的反応にある。フィッツジェラルドは(自身に似た)主人公の情緒、気分の移り変わりを軸に小説を展開させることを得意としている。そのため、読者はロマンスの成就の悦びから人生の転落への恐怖まで、振幅の大きな感情の渦に存分に浸りながら物語を読み進めることができる。だが、話はそれだけではない。「過剰なまでに」と述べたように、主人公たちの主観的な感情の揺れ動きは、しばしばそれに対応する現実と不釣り合いであり、そのズレを作者は意識的に描き出してもいるのである。例えば、財産が尽きることに怯えながらも、働きもせず、残りわずかの金を全て飲酒に使ってしまい、酩酊のうちにかつての恋のライバルに金を借りに行った挙句に叩きのめされてしまう、というアンソニーのダメ男っぷりは、悲惨ながら滑稽でもあり、その落差を作者は客観的な視点で描いている。このような真に迫った感情描写と突き放した視点の共存は、他のアメリカ作家には類を見ないフィッツジェラルドの独壇場であり、ほとんど太宰治の小説を思わせる。

『美しく呪われた人たち』は、扱う主題の大きさや悲劇性といった面では後に書かれた『グレート・ギャツビー』や『夜はやさし』には及ばず、若書きの未熟さも目立つ。だがその分、この小説は、二人の主人公の関係性が小さな出来事の集積の中で少しずつ変化していく機微を丁寧に描いており、そのためステレオタイプに収まらない活き活きとした複雑な人物像を作り出すことに成功している。特にグロリアは、フィッツジェラルドのヒロインの中でも、最もリアリスティックかつ魅力的な人物だと思う。

上岡伸雄氏の翻訳は、時代の風俗や大衆文化に関する注もふんだんに盛り込まれ、大変読みやすい仕上がりになっている。「フィッツジェラルドは『グレート・ギャツビー』しか知らない」という読者にも是非読んでもらいたい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
美しく呪われた人たち/作品社
美しく呪われた人たち
著 者:F・スコット・フィッツジェラルド
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
「美しく呪われた人たち」出版社のホームページはこちら
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