140字の戦争 SNSが戦場を変えた 書評|デイヴィッド・パトリカラコス(早川書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月10日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

140字の戦争 SNSが戦場を変えた 書評
今日のメディア社会の生のありよう
主戦場はSNSにおける「ナラティブ戦」

140字の戦争 SNSが戦場を変えた
著 者:デイヴィッド・パトリカラコス
翻訳者:江口 泰子
出版社:早川書房
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評者は、「メディア」なるものを観察・考察する者として、メディア化した社会はすべからくポスト・トゥルース的にならざるをえないと考えている。情報空間化した日常世界では、事実と虚構の二元論的区分が曖昧になり、物事が「どうであるか」よりも「どう見えるか」「どうであってほしいか」という観点が卓越する。本書『140字の戦争——SNSが戦場を変えた』が教えてくれるのは、一般に日常の対極と考えられている戦争もまた、その例外ではないという現実である。

情報空間の戦争というと、サイバー攻撃のような例が想起されるかもしれないが、それは所詮、従来型の物理的な戦争の延長にすぎない。情報戦や宣伝戦は、物理的な軍事活動を支える作戦として長い歴史をもつが、あくまで二次的だった。ところが著者は、今日の情報環境の下では両者の関係は完全に逆転したと主張する。戦場は「劇場」と化し、軍事的活動は多くの観衆たちが見守るなかでおこなわれる一種の「ショー」となった。かつてクラウゼヴィッツは戦争を政治の延長と見なしたが、「二十一世紀の戦争」とは政治そのものだ。本書にはその実相が、ガザ、ウクライナ、シリア、イラクなど近年紛争の続く地域での取材経験にもとづき、克明に描かれている。

二十一世紀の戦争の主戦場はSNSにおける「ナラティブ戦」である。「ナラティブ」とは「語り」あるいは「語り口」のことであり、そこでは「事実」よりも「感情」が鍵を握る。従来の情報戦のプロパガンダが、相手の説得や戦意喪失を主目的としたのにたいし、ナラティブ戦は、ショッキングな写真や動画、扇情的な記事などによって、SNSユーザーたちの関心を惹き、感情を揺さぶることをめざす。ナラティブには別のナラティブが応酬する。勝敗は、どれだけ敵を破壊したかではなく、どれだけリツイートされ、衆目を集めたかで決まる。

ナラティブ戦は、なるほど直接の死者こそ出さないものの、別の種類の破壊をもたらす。本書にはその壮絶な事例がいくつも記されている。二〇一四年にロシアがウクライナに仕掛けたナラティブ戦では、多様な形態の偽情報がおびただしく捏造・撒布され、サイバー空間を埋め尽くした。単純化されたセンセーショナルな偽情報に制圧された人びとは、それらを容易に信じてしまうか、どれを信じていいかわからず立ち往生してしまう。それだけではない。やがてそれらがすべて虚偽だと気づくと、今度は何もかもが信じられなくなってしまうのだ。ナラティブ戦はこのように、人びとの紐帯をズタズタに切り裂くことで、社会そのものを破壊する。

感情を争奪するナラティブ戦において圧倒的に優位に立つのは、独裁国家や過激派組織であると、著者は指摘する。逆に、既存の民主的な国民国家やマスメディアは、それが近代的な官僚機構に依存するがゆえに劣後を余儀なくされ、有効な戦略をもちえていないのだという。

もちろんSNSという技術それ自体は両義的である。誰に頼まれたわけでもないのにSNSを活用してファクトチェックをおこなう個人もいる。そうした人たちを著者は「解釈者」とよび、ジャーナリズム再構築の軸となりうると期待する。(なお本書には、シリアで拘束された経験をもつジャーナリスト安田純平氏が解説を寄せている。)

けれどもその期待は、二十一世紀の戦争のあまりの捉えどころのなさを前に、必ずしも明確な像を結ぶにはいたっていない。むしろ著者を捉えて放さないのは、「いまの世界は、第一次世界大戦が勃発する前の世界に不気味なほど似ている」(三四〇頁)という言葉にあるような、切迫した危機感である。

たとえば通勤途上の電車のなかで、この本を閉じたあと、手にとったスマートフォンから世界じゅうの戦場へシームレスにつながってゆくような感覚が湧きあがってきたとしたら、それは著者の危機感にたいするひとつの受けとめ方だろう。そのとき感じる総毛立つような手触りが、今日のメディア社会における生のありようを指し示している。
この記事の中でご紹介した本
140字の戦争 SNSが戦場を変えた/早川書房
140字の戦争 SNSが戦場を変えた
著 者:デイヴィッド・パトリカラコス
翻訳者:江口 泰子
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「140字の戦争 SNSが戦場を変えた」出版社のホームページはこちら
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