ナガサキ 核戦争後の人生 書評|スーザン・サザード(みすず書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月10日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

ナガサキ 核戦争後の人生 書評
かつてない彫りの深さで迫るヒバクシャの実相と、アメリカの闇

ナガサキ 核戦争後の人生
著 者:スーザン・サザード
翻訳者:宇治川 康江
出版社:みすず書房
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 著者のスーザン・サザードは、高校生の時アメリカから日本に留学し、修学旅行で長崎の街を訪ねた。この時の体験が、進むべき一筋の道を教えてくれた。

この書は、五人の被爆者の極限とも言える被爆の体験と「語り部」としての人生を陰影深く描くとともに、アメリカ側の文書を発掘することで、「原爆は必要悪だった」と考える人たちへの強烈な反論となっている。

十六歳のときに訪れた長崎の原爆資料館。衝撃を与えたのは、ヘルメットの内側に黒焦げになって張り付いた人間の頭皮だった。

それから十年。縁あって、「赤い背中」で知られる谷内稜曄の通訳を務めることになった。谷口は郵便局員として自転車で配達中、爆心から一・八キロの地点で被爆。背中全体に大火傷を負い、四年間うつぶせで過ごした。著者が通訳したとき谷口は五十一歳。背中のケロイドの傷痕は塊となって背中を覆っていた。

著者は「いちばん大切な思い出は何ですか」と尋ねる。谷口からはこんな答えが返ってきた。「私が生きてきたということです。命が尽きる最後の最後のところまで行ったからこそ、生きているという喜びを得ました…」

谷口のことをもっと深く理解したい。以来、著者は被爆者の声を聞く旅を始める。

吉田勝二は、病院で谷口と隣同士だった。顔の右半分が黒焦げになり、横向きやうつ伏せになることさえできなかった。堂尾みね子や永野悦子も深い傷を負い、何度も自殺を考えた。和田耕一は、妻の久子と結婚式をあげた後で、初めてたがいが被爆者であることを知った。みないつ命が尽きてもおかしくないほどの苦難を乗り越えてきた。谷口を含め三人がすでに亡くなっている。

大多数の被爆者は、家族にも体験を話さない。記憶は苦痛そのものであり、子や孫の就職や結婚への差別も根強いため口を閉ざす。そんななかで五人の聞き取りは計二十二回に及んだ。彼らは、亡くなった人たちの代弁者になろうとし、二度と同じ悲劇が起きないよう、核のない世界を願っていた。著者は、こうした熱い思いに打たれた。

しかし、それとは反対に、多くのアメリカ人が、被爆者に無関心で、倫理上の痛みを感じないどころか、正当化さえするのはなぜか。落差の正体を見極めるため、膨大な資料収集が続いた。

長崎のふ頭の魚市場の上に、ABCC(原爆調査委員会)が置かれていた。ABCCは医療機関の顔をしているため、被爆者はそれに期待した。だが期待は無視された。被爆の影響を正確に見極めるためには、治療してはならなかった。何千人もの被爆者が、ABCCの不意の訪問を受け、ジープによって連れていかれた。アメリカは、将来アメリカの主要都市が攻撃されたときのために、どこまで放射線を浴びても大丈夫かを調べ尽くした。

本のなかでは、スミソニアン博物館で企画された「エノラ・ゲイ」展についても触れている。アメリカ空軍協会や在郷軍人会は、原爆被害に言及した部分は、彼らの栄光と誇りを傷つけるとしてを取り除かせた。

一方、一九九五年のギャラップ調査によれば、アメリカ人の四人にひとりはアメリカが日本に原爆を投下したことを知らないし、破壊の規模について知っている人はさらに少なかった。ある退役軍人の手紙にはこうあった。

「哀れな長崎! 哀れな広島! パールハーバーがなければ、広島も長崎も爆弾を落とされずにすんだのに…」 手紙は、いまだに退役軍人が持ち続けている憎悪と、歴史学者が提示する知見との大いなるギャップを物語る。

長崎の被爆者は、長崎の町が人類史上、最後の被爆地であり続けることを願っている。

十二年の歳月をかけ、四年前出版されたこの書は、アメリカ社会に大きな反響をもたらした。今回、宇治川康江の丁寧な訳業で日本に紹介されることになった。かつてないほどの彫りの深さで迫るヒバクシャの実相と、それに向き合わないアメリカの闇をぜひ知ってほしい。そして核実験禁止条約に背を向ける日本政府の要人たちにも読んでほしい。
この記事の中でご紹介した本
ナガサキ 核戦争後の人生/みすず書房
ナガサキ 核戦争後の人生
著 者:スーザン・サザード
翻訳者:宇治川 康江
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「ナガサキ 核戦争後の人生」出版社のホームページはこちら
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