ベンサム 功利主義入門 書評|フィリップ・スコフィールド(慶應義塾大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年8月10日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

フィリップ・スコフィールド著『ベンサム 功利主義入門』

ベンサム 功利主義入門
著 者:フィリップ・スコフィールド
翻訳者:川名 雄一郎、小畑 俊太郎
出版社:慶應義塾大学出版会
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「最大多数の最大幸福」という言葉で知られるジェレミー・ベンサムは、現代の倫理学・法哲学・政治哲学・経済学・教育思想などの数多くの理論に影響を与えている。私は現在、大学で教育学部に所属しており、教育学の観点からベンサムの思想に触れる機会があったので、功利主義について深く知りたいと思い本書を手に取った。

ベンサムの特徴的な思想の基盤でもある量的功利主義は、多くの場合その名や扱う内容から誤解を生み、教育学においても批判の対象とされることが多い。実際に彼の思想は、「より多くの人が快楽を得ることで社会全体の幸福も実現する」というもので、快楽を最大化しつつ苦痛を最小化するためであれば多少の犠牲も厭わないというものである。本書によると、この理論を表面のみで解釈し、利己主義的だの不平等だのと批判する学者が大勢いるという。

まず、利益の衝突があってもなお幸福を追求しようと試みる利己主義とベンサムの功利主義には決定的な違いがある。後者は「なにかを失うことによって生み出される苦痛は何かを得ることによって生み出される幸福よりも大きい」と主張している。つまり、自分の快楽ばかりを優先して他者を苦痛にさらすことは、ベンサムの功利主義の上では推奨される行為ではないということである。その点で、利己主義とは大きく違う。

次に、ロールズという哲学者は彼の著書『正義論』で、「功利主義は個々人の差に配慮することなく、幸福を不平等に市民に分配している」とベンサムの功利主義を批判している。しかしこの点においてもベンサムの功利主義は抜け目がなく、副次的目的を提供している。副次的目的とは、市民が幸福を追求する際に必要不可欠な「生存・豊富・平等・安全」の4項目を確保することであり、不平等を解消しようと試みている。この副次的目的の追求は、単に市民を偶発的な危害から守るだけでなく、個々人が将来に対する「期待」を確立し、人生の計画を立てることを目的としている。これにより格差を是正し、平等を実現しようと試みつつ、幸福の追求を求めようとしている。すなわち、ベンサムの功利主義は、決して人々の差を無視した不平等なものではなかったと分かる。

さらに、カントのような動機主義と比べても、ベンサムの功利主義がいかに現実的か知ることができる。ベンサムによると私たちの行為の大半は、自利的な動機によって生じているという。例え利他的に行動しているように見える人がいたとしても、実際は他の人の快楽を見ることで行為者も快楽を得ており、それを動機として行動を引き起こしているのである。この考え方は嘘と真実の問題においても論じられている。カントの動機主義的な考え方に立つと、嘘をつくこと自体が道徳的に誤った行為とされている。しかし、ベンサムに言わせると、嘘をつくことの利益が真実を述べることの利益を上回るのであれば、嘘をつくことが正しい。例えば、ある情報を利用して悪事を働こうと企んでいるものに真実の情報を教えることは不条理な事であると誰もが自然に判断するであろう。そういった観点から考えると、私たちは日常生活の中で自然に功利主義的な思考を働かせているのではないかと思われる。

ベンサムの思想は誤解を生みやすく、しっかりと理解したうえで取り扱う必要がある。本書はそういったベンサムの主張を様々な視点から分かりやすく扱っているので、難解な哲学書を読む前の足掛かりとして有効である。功利主義は悪だと決めつけるのではなく、是非一度、本書を手に取って彼の思想に触れていただきたい。
この記事の中でご紹介した本
ベンサム 功利主義入門/慶應義塾大学出版会
ベンサム 功利主義入門
著 者:フィリップ・スコフィールド
翻訳者:川名 雄一郎、小畑 俊太郎
出版社:慶應義塾大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「ベンサム 功利主義入門」出版社のホームページはこちら
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