日本思想史の可能性 書評|大隅 和雄(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月17日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

日本思想史の可能性 書評
「大きな物語」への否定が文脈化した後の社会史や民衆史への対抗軸として

日本思想史の可能性
著 者:大隅 和雄、大山 誠一、長谷川 宏、増尾 伸一郎、吉田 一彦
出版社:平凡社
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最近アカデミズムから出て来る共著の書籍として、科研費(補助)の成果として出されたものが多い。書評者は、それについてとやかく言う立場ではない。ただ否応なく、業績作り、人脈形成であり、またさほどは売れないことを想定してそうするのである。ここで言いたいのは、本書はそのようなものではなく、長期に渡り議論を繰り返して来た「仲間」によって練り上げられたものだ、ということである。そこで本書のタイトルの「~可能性」である。思想史は決して安心できる部門ではないことを裏書した表現であり、(言葉遊びではないのだが)、そこに書評者は大きな「可能性」を認める。さらに、本書の可能性のもう一つの意味は、そこに「日本~」が入っていることである。欧米で「思想史」にあたるのは「哲学史」である。だからこそ、日本文化の外来性そのものを思考と検証の対象とするなら、「哲学」を「思想」にズラし領域を作り直さなければならない。その意味でも、本書に西洋哲学史の専門家である長谷川宏が入っていることは、むしろ象徴的でもある。

興味深いことに、本書はいわゆる平成からの代替わりの年に世に出されている。丸山眞男というビッグネームを取り上げるまでもなく、日本思想史は天皇制を問題化せざるを得ない。だから必然的に、本書は丸山眞男を、そして石母田正を参照枠とせざるを得ない。例えば丸山であるが、このグループの共通了解は、五〇年代後半~六〇年代に丸山が作ろうとした歴史の「古層」、「執拗通奏低音」、「原型」といったコンセプトへの批判ということである。そしてもう一つ、石母田に対しては、古代史にかかわるマルクス主義歴史学の当て嵌めに対する批判的応答である。ただ振り返ってみれば、それら先人にしても、津田左右吉などのさらにその先人を参照枠としていたはずであり、そういった思想史的連なりも本書の執筆者によって共有されている。だから、基本的に記紀神話を実証的に信用しないといった態度も、むしろその前世代の津田の見解に沿うように散見されることになる。そういうことで、丸山の「古層」論は、津田からの後退とも読めるのである。

ここで考えてみたいのは、思想史家、歴史家という存在そのものの歴史化である。丸山を例に取れば、「通奏低音」の前に「執拗」とつくのは、やはり戦後改革が背負った啓蒙的近代の敗北の意識からの、日本社会が「元通り」へと回復していくことへの焦慮――精神分析でいう反復強迫――だったということを考慮する必要があろう。また石母田が一時期、古代英雄論に偏していたのも、GHQの日本占領政策への抵抗と、また天皇制(君主官僚制)の乗り越えを強く意識した五〇年代前半の騒然たる危機の時代を想定せねばならないだろう。

とはいうものの、全体として本書の貴重さを損なうものではない。本書を評価できる他の点として、一九八〇年代より大勢を占めることになった社会史、民衆史(さらにこれがカルチュラル・スタディーズ的なものへとも結びつく)などのアプローチへのやや古風とも言える立場からの反論と読めるところである。それはオーソドックスに天皇制の発生の起源を大宝律令の制定に求め(外戚政治の成立、太政官の優位、天皇の神話化という三点セットの確立)、また内藤湖南の応仁の乱を起点とした歴史の時代区分に立脚するなどの見取り図があること、つまり「政治的なもの」(K・シュミット)を重視している点である。読み方によれば、「大きな物語」への否定が文脈化した後の社会史や民衆史への対抗軸としてむしろ本書は読めるのである。かつての民衆史の始まりは、戦後歴史学の「政治」に対する相対化として、独自の意味を持ったであろう。が、それが行き着いたあり様として、民衆の生活感覚をフェティッシュ化する傾向になってしまっている側面もある、と書評者は考えている。

以上、共著者の一人の逝去(増尾伸一郎氏)をも乗り越え、本書の刊行が可能になったことを慶びたい。またこのために尽力した、平凡社の編集スタッフの長年の胆力にもねぎらいの言葉をかけたい。最後に、日本思想史を門外とする方は、本書でもそのように言及されているが、座談会から読み始めてみるとよい。研究者としての息遣いが如実に表れている。
この記事の中でご紹介した本
日本思想史の可能性/平凡社
日本思想史の可能性
著 者:大隅 和雄、大山 誠一、長谷川 宏、増尾 伸一郎、吉田 一彦
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
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