外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係 書評|上 英明(名古屋大学出版会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月17日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係 書評
トランプ政権期のキューバ・米国関係理解に役立つ
外交を内政問題化させた亡命社会の力学を分析

外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係
著 者:上 英明
出版社:名古屋大学出版会
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米国には19世紀初めの第3代大統領トマス・ジェファーソンのころから、スペイン(西)領だったキューバ(玖)島を米領にすべきだと主張する「対玖併合主義」があった。第5代大統領ジェームス・モンローが「モンロー教義」を1823年に宣言する前のことだ。玖軍は世紀末近い1895年、第2次独立戦争を開始、勝戦の目処が付きつつあった3年後の98年米軍に介入され、独立戦争は「米西戦争」にすり替えられた。これに勝った米国は1902年、名ばかりの独立を与えたキューバを植民地化し、併合主義は事実上実現した。西植民地時代からの残存有産層と米支配開始後の成金層は米国と利害を共有し、内側から併合主義を支えた。その典型的な勢力の代表者が独裁大統領フルヘンシオ・バティスタだった。革命家フィデル・カストロの父親も成金の一人で、富裕な大地主だった。

故フィデル・カストロは1956年末、革命戦争を開始し、「米西戦争」から60年後の58年末、バティスタ軍をほぼ制圧。59年元日未明にバティスタが国外に逃亡したことによって革命は勝利した。これをカストロは「真の独立達成」と位置づけた。だが、それを許さない米国と、同国に逃げ込んだバティスタ派官憲や亡命した有産層は革命体制打倒を目指し、さまざまな対玖工作を展開する。以上が本書の記述の歴史的背景である。

本書は、レーガン政権期の81年以降、在米玖系人社会の反革命強硬派圧力団体として歴代米政権の対玖政策に影響を及ぼしてきた「玖系米国人財団」(CANF、西語でFNCA)の思想・戦略・戦術などを細かく紹介。玖米関係は玖米両政府だけでなく、CANFに代表される玖系人社会を加えた「三角形」の力学で決まると説く。玖米関係の重要な決定因子として米フロリダ州マイアミ一帯を中心とする玖系人社会の反革命勢力の影響力に光を当てた点が本書の特色だ。評者は以前にも指摘したが、玖米関係は在米玖系社会の存在によって、両岸関係(中台関係)のごとく、フロリダ海峡を挟んだ両岸関係、換言すれば「米国の国内問題」のように歪んでしまっているのだ。革命政権はもちろん、そんな虚構を認めないが、米政府の対玖政策策定に玖系社会の意志が反映されるのは防ぎようがない。

米政府は、アイゼンハワー政権期に始まりケネディ政権下で制度化された対玖経済・外交封鎖と非合法侵略・破壊活動を併せて実行し、カストロ体制に揺さぶりをかけた。侵略行為の最たるものは1961年4月のヒロン浜侵攻上陸作戦だった。この浜辺は、玖島中央部カリブ海側にあるコチーノス(豚)湾の最奥部にある。カストロは侵攻前に米軍侵入機が玖島各地を爆撃し死傷者が出たのを受け「社会主義革命」を宣言、その翌日上陸した侵攻部隊を3日間で撃破した。同部隊は在米反革命派の玖人青年約1500人で編成されていた。当時のフルシチョフ・ソ連首相はカストロを説得し「自衛用の核ミサイル」を配備させた。その結果勃発したのが62年10月の「キューバ核ミサイル危機」だった。ケネディはソ連のミサイル撤去と引き換えに「対玖軍事侵攻を再び決行することはない」と公約。これが革命体制の存続を保障することになる。だが激怒した在米反革命分子はケネディに反感を抱く米当局やイタリア系マフィアと共謀して63年11月、ケネディを暗殺する。この記述は本書にないが、在米玖人の一部は米国史の最も暗い1ページに関与したのだ。

米政府はラ米・カリブ(LAC)地域での覇権主義(モンロー教義)と対玖併合主義に則り、在米玖系社会を操り利用し、CANFをはじめとする反革命勢力を優遇してきた。それは「大統領選挙人」を選ぶ米国独特の大統領間接選挙でフロリダ州が極めて重要な地位を占めていることによる。同州は2016年の大統領選挙時に加州55人、テキサス州38人に次ぎNY州と並び3位で、29人の選挙人を割り当てられていた。フロリダ州に多いラ米系人口の中核である玖系の有権者は、同州での勝敗の鍵を握る。4年ごとの大統領選挙と大統領任期半ばの中間選挙では上下両院議員や州知事の選挙も実施される。共和・民主両党にとり同州玖系社会は常に気にせざるを得ない存在であり、それを逆手にとって玖系社会は米政府・議会から優遇措置や譲歩を引き出してきた。

しかし玖系社会が米政府の足を引っ張りすぎ、国益を損なう場合がしばしばある。現在のトランプ政権は、オバマ前政権が成し遂げた54年ぶりの対玖国交再開という歴史的偉業を破壊しつつあるが、その戦術を大統領に吹き込んでいるのはフロリダ州選出の玖系共和党上院議員で極右のマルコ・ルビオ(上院外交委員会西半球担当小委員会委員長)である。トランプ政権は今年3月から5月にかけ、対玖経済封鎖政策の柱である悪法「ヘルムズ・バートン(HB)法」(1996年制定)の、第三国を巻き込む第3章を初めて施行した。ルビオは国家安全保障担当の米大統領補佐官ジョン・ボルトンと組んで、マドゥーロ・ベネズエラ政権と玖社会主義政権の「同時打倒戦略」を進めており、両国に凄まじい内政干渉を仕掛けている。明白な国際法規違反であり、HB法第三国条項の施行と併せて国際社会に対し冷笑的に挑戦している。これが米国の強圧的なラ米政策の現況なのだ。

キューバでは昨年4月、国家評議会議長兼閣僚評議会議長(国家元首兼政府首班)がフィデルの実弟ラウール・カストロ(今年88歳、現職の共産党第1書記)から約30歳若いミゲル・ディアスカネル(同政治局員)に交代。新議長の下で今年4月、1976年の社会主義憲法に替わる新しい社会主義憲法が公布された。市場経済のメカニズムや個人所有権を認める新憲法は、「繁栄し持続可能な玖社会」建設の国家目標を支える基本法規である。キューバは中越両国のような「社会主義市場経済」を公式に目指し始めたわけだが、ルビオらに代表されるマイアミの玖系反革命勢力は、そんなキューバの行く手を阻もうとしている。本書は過去の玖米関係だけでなく、その現在の関係を理解する上でも役立つだろう。

誤りを一つだけ挙げれば、カストロ政権で対外経済関係が専門の理論家で重鎮だった故カルロス=ラファエル・ロドリゲスが「副大統領」として本書に何度も登場すること。革命政権の副首相だったロドリゲスは、76年憲法で政治機構がソ連化され大統領・首相制度が廃止され議長制度が発足してからは副議長兼副首班だった。ロドリゲスが副大統領だったことは一度もない。第一、革命政権に「副大統領」職はなかった。大統領制度が廃止された76年後の本書の記述にも「副大統領」としてロドリゲスが登場しているのには一層閉口する。推敲や校正の段階でなぜ発見できなかったのか。キューバ現代史への目配りが疎かになったのではないかと受け止めざるを得ない。本書には英語の「原書」があるというが、そこではどうなっているのだろうかと気になってしまう。因みに近い将来、新憲法下での正副大統領制度が発足する。
この記事の中でご紹介した本
外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係/名古屋大学出版会
外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係
著 者:上 英明
出版社:名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係」出版社のホームページはこちら
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