桐山襲全作品Ⅰ 書評|桐山 襲(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月17日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

桐山襲全作品Ⅰ 書評
パルチザンは再び
文学に身をやつすことで生き長らえる

桐山襲全作品Ⅰ
著 者:桐山 襲
出版社:作品社
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桐山襲全作品Ⅰ(桐山 襲)作品社
桐山襲全作品Ⅰ
桐山 襲
作品社
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令和の空騒ぎのなか、いま天皇制を問うことにどれほど世人のリアリティがあるかは分からない。さらには、第二の『風流夢譚』事件か、と喧伝された『パルチザン伝説』事件など余計なことを知ってしまえば、リアリティ以前に、天皇制の正当性を疑問視することはメディアのタブーであり、言論人としての出世を望む以上は、言わぬが仏、を突き通すのが利口と悟られるのがオチか。当該の問題作ふくめ『風のクロニクル』や生前未発表作『祭りの準備』といった桐山の最初期の仕事をおさめたこの全作品集第一巻は、或いは読まれないほうが誰にとってもよいのかもしれない。

すぐさま注釈しよう。一九八二年、桐山襲のデビュー作『パルチザン伝説』は河出書房新社が主催する文藝賞の最終選考に残り、残念ながら受賞は逃すものの、翌年の一〇月号に『文藝』掲載が決まる。が、安心もつかのま、新潮社の『週刊新潮』が、「天皇暗殺」の小説発表、という触れ込みのゴシップ記事を掲載し、右翼を刺激した結果、単行本出版が反故にされてしまう。作者の意向を無視して勝手に『天皇アンソロジー』(第三書館)という一書に所収される、という現在では考えられないようなアクシデントを経て、正式にまとめられたのが一九八四年六月、今回の全作品集の版元でもある作品社から刊行された『パルチザン伝説 桐山襲作品集』であった。以上が『パルチザン伝説』事件のあらましだ――本書に附属する自己解説や諸々の資料、白井聡の書き下ろし解説とともに、陣野俊史『テロルの伝説』が便宜――。

なるほど、確かにこの小説には、「虹作戦」と呼ばれる昭和天皇の乗った列車を爆破しようと目論んだ事件が描かれている。描かれてはいるが、現実の事件と同じく所詮は未遂に終わり、桐山自身が述べるように天皇が直接登場することもなければ、そもそも「天皇」という語すら用いられていない。新潮社による悪意ある誇張だ、という桐山の解釈もむべなるかな。

むしろ、暗殺未遂事件より挑発的なのは、小説のなかで宮城事件――一九四五年八月一四日深夜、玉音放送を阻止し、戦争継続を望んだ陸軍の一部によるクーデター未遂事件――を影で扇動したとされている男が、本土決戦を望む理由として「日本の民衆」は「罪」深く、「日本の上から下までの支配秩序を倒すため」には、国土がいったん蹂躙される必要がある、というラディカルな清算思想に支えられているということだ。そもそも彼は、日本の敗戦を早めるため、米軍の焼土作戦に呼応する国内での武装闘争を組織していた。念願の終戦ではないか。否、この男にとって生半可な敗北は体制温存の勝利に等しく、徹底的な破壊、焦土への欲望だけが彼を動かす原動力になっているかのようだ。男の相棒は空爆の災いにも拘らず家よりも工場や皇居を心配する日本人を前にこう書いていた。「まだ焼かれ足りないのか、まだ殺され足りないのか」。

クーデターを画策した男、穂積一作=大井聖は、最終的には相棒とも離れ、「今日からは俺ひとりがパルチザンだ」という言葉とともに、孤独な闘いに突き進む(と相棒によって想像される)。パルチザンとは軍体に正式に登録されていない遊撃民兵、奇兵隊のことだ。『パルチザン伝説』は、彼の子供が、戦後に失踪してしまった父の謎を追い求める(反?)家族小説である。

桐山の憤怒は明らかに天皇制を超えて広がっている。評論「脅迫状に書かれている幾つかのこと」で、在日韓国人への差別的脅迫状に頻出する「日本」の語が、近代国家として捉えられておらず、お上からの号令と権威に唯々諾々と従う、論理以前の家族的な共同体感情であることを析出するとき、その背後に、パルチザンの魂をはからずも受け継いだ穂積=大井の息子が「虹作戦」に相当する闘いに自らをあずける動機となった、「父たちの体系」への確固たる拒否の意志を見出すことは難しくない。

息子は自身の代で、パルチザンが終わると思っている。けれども、私信の体裁で書かれた彼の文章、虚構の闘争の記録を私たちは現実に読むことができる。あれほど出版するのが難儀にみえたものなのに。パルチザンは文学に身をやつすことで生き長らえる。或いは、文学とはそもそもが幾分かパルチザンだったのではないか。本書を手に取った者はページをめくるたびにリクルーティングがはじまることを覚悟せねばならない。

桐山が寄稿したイーグルトンの書評の末尾一文を少し変えて結びにしよう。文学の仲買人は、慌ててシャッターを降ろした方がよいでしょう。
この記事の中でご紹介した本
桐山襲全作品Ⅰ/作品社
桐山襲全作品Ⅰ
著 者:桐山 襲
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
「桐山襲全作品Ⅰ」出版社のホームページはこちら
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