裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち 書評|森 貴史(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 外国文学
  6. ドイツ文学
  7. 裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月17日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち 書評
アウトサイダーとしてのヘッセ
「生活改革運動」から作家の精神生活を描く

裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち
著 者:森 貴史
出版社:法政大学出版局
このエントリーをはてなブックマークに追加
南ドイツ・黒い森にあるヘルマン・ヘッセの故郷、カルフ。『車輪の下』をはじめとした数多くの作品のモデルとなったこの小さな街に「ヘルマン・ヘッセ博物館」がある。ヘッセの直筆ノートやインク入れなどゆかりの品々が並ぶ中に「自殺用の」ピストルが一丁展示されていたのを、ショックと共に見たのを私はよく覚えている。

ヘッセの人生はまさに精神的波乱との闘いであった。彼の実像は、その作品に見られる調和のとれた豊かな世界と正反対であるようにすら思える。ヘッセは最初の長篇で出世作である『ペーター・カーメンチント(『郷愁』)』を発表した一九〇四年から一二年までの八年間、ボーデン湖に近いガイエンホーフェン村に住んだが、その間も神経症やアルコール依存症を患っていた。この本は今まで伝記などで語られてこなかった、この「ガイエンホーフェン時代」にスポットが当てられている。

本書でまず驚かされるのは表紙の、全裸で岩山を登りポーズを決めるヘッセではないだろうか。多くの人がイメージするであろう、ネクタイを締め几帳面そうな面持ちをした彼の面影はなく、健康的で身体鍛錬を積んだスポーツ選手のように見えなくもない。ヘッセはこの時期、菜食主義へ極端な傾倒を見せ、裸体での日光浴療法などのいわゆる「自然療法」を実践し完全に「自然人」となったのだ。そして「生活改革運動」こそヘッセを「裸にさせた」ものであったと著者は分析する。

「生活改革運動」とは、著者によれば「ヨーロッパ文明、工業社会、キリスト教会が説く婚姻制度や道徳観を否定し、菜食主義、禁酒禁煙を訴える活動」であり、「反文明生活の実践」を重視した社会運動であった。

その運動の実践拠点が、スイスとイタリアの国境地域、アスコーナ村の「モンテ・ヴェリタ」というコロニーである。「二〇世紀における異端者たちの梁山泊」と著者の呼ぶ「モンテ・ヴェリタ」にヘッセも滞在し、大きな影響を受けたのだった。中でもヘッセと関わりが深いのは、コロニーの創設者の一人であるグスト・クレーザー。図版も充実した本書に掲載された、長髪で髭を生やしサンダルを履いてワンピース状の修道服を着た彼は、まるで聖書の「使徒」のような風体である。そしてこの時代、グストのような格好をした「放浪の預言者」と呼ばれる反ヨーロッパ市民社会を唱えた人物たちが多くおり、広くヨーロッパ社会で知られていた存在であったという。

ヘッセは実体験に根差した小説を得意としていたが、『友人たち』、『ゲオルゲ博士の最期』、『世界改革家』に「預言者」たちをモデルにした人物が登場し、「生活改革運動」やそれにのめり込む彼自身を風刺と皮肉に満ちた筆致で描いている。それに反し実生活では表紙の写真のように、裸で岩山に登っていた。しかし結局のところヘッセは熱狂的に支持した菜食主義や裸体文化に染まり切らず、市民生活に回帰している。こういった自己を客観視しながら「両極端、熱狂か冷静、精神か自然」といった二つの世界の狭間にあった彼の生が、稀代の名著『デミアン』(一九一九)を生むに至る。

ヘッセを魅了した「生活改革運動」は、一九六〇年代のヒッピー文化にそのまま継承された。ヘッセの長編小説『荒野のおおかみ(デア・ステッペンウルフ)』は彼らのバイブルとなり、題名をそのまま借りたたバンド、ステッペンウルフが『ボーン・トゥー・ビー・ワイルド』をヒットさせた。「アウトサイダーとしてのヘッセ」を新資料に基づき提示した点において、本書は成功していると言えるだろう。
この記事の中でご紹介した本
裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち /法政大学出版局
裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち
著 者:森 貴史
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち 」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > ドイツ文学関連記事
ドイツ文学の関連記事をもっと見る >