歌集 滑走路 書評|萩原 慎一郎(KADOKAWA)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年8月17日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

萩原慎一郎著『歌集 滑走路』

歌集 滑走路
著 者:萩原 慎一郎
出版社:KADOKAWA
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歌集 滑走路(萩原 慎一郎)KADOKAWA
歌集 滑走路
萩原 慎一郎
KADOKAWA
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 20世紀のアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズの提唱した概念に「健全な心」、「病める魂」というものがある。「健全な心」を持つ人は1度生まれるだけで幸福になれるが、「病める魂」の持ち主は2度生まれないと幸福になれないと言うのだ。大学の講義でジェームズのこの主張について学んだとき真っ先に思い出したのが、歌集『滑走路』の作者、萩原慎一郎のことだった。彼は、そして私たちは、病める魂を内に抱えて生きている。病める魂を抱えて、もがきながらも生きようとしている。

「人間の魂がどの程度まで不調和に対して敏感になれるか」。ジェームズは言う。世界が他人より少しばかり見えやすい人は、その不安定さに、不確かさに、騒ぐ胸を抑えることができない。
路上音楽家の叫び虚しく誰ひとり立ち止まることなく過ぎるのみ 
「プラトンの書」
魂はそっと教室抜け出してもっと肝心な事探してた 
「太陽のような光」

歌作とは、ぬくもりのある日常のごくごく些細な出来事をメタ認知的にとらえて抽出する作業なのだと思っていた。自然や子どもの純粋さの中から癒しを見つけて「ほっこり」を共有する、お休み処的な存在なのだと。テレビ番組の特集で、彼の歌を見て知った。短歌とは、都会に暮らす人々への生ぬるい癒しなんかじゃない。渇く魂の叫びだった。生活に余裕があるから、潤いがあるから歌を作るんじゃない。渇くから。渇きを抑えないと生きていかれないから、歌を作る人がここにいた。私たちと同じように満員電車に乗り込み、自分を殺して、人間性を殺して職場に向かう、私たちの分身が、代わりに叫んでくれていた。
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ
「プラトンの書」

屋上で珈琲を飲む かろうじておれにも職がある現在は
「ソプラノ」

「君の代わりはいくらでもいる」。現代社会が掲げるこのメッセージは、ドラマや小説の中でも盛んに用いられ、すっかりお馴染みの絶望感を私たちに与え続けている。いつの世も労働は苦しく、不安定なものであったに違いない。しかしそれだけではなく、代わりはいると言われ続け、だんだん透明になっていく私たちの身体感覚を、この寂寥の念を萩原は歌う。「選択肢を広げるために勉強しろ」と言われてきた。広がったと思われた選択肢も結局は社会が提示してきたものばかりで、いつでも切り捨てられ得る私は、人工知能よりも性能が悪いらしい。すっかり無色透明になってしまい、ぢっと見る手もない現代人のやるせなさをそっと掬う。
クロールのように未来へ手を伸ばせ闇が僕らを追い越す前に
「僕たちのソファー」


きっと私たちは、弱い時にこそ強い。抑圧されたときにこそ、魂の熱い叫びが噴出して止まない。病める魂は、単純な励ましの言葉や明る過ぎる笑顔では救われないこともある。苦しみの淵から命を懸け、2度目の誕生を目指して奮起する姿に希望を見出す。自分にもできるかもしれないと、また生まれられるかもしれないと、挑戦する意志を新たにできる。萩原にとっての2度目の誕生は、歌の誕生の瞬間に他ならなかった。何をしても虚無感がつきまとう現実に目を背けられなくなった私たちに、命の誕生の瞬間の光をそっと垣間見させてくれる一冊だ。
東京の群れの中にて叫びたい 確かに僕がここにいること
「歌詠む理由」
この記事の中でご紹介した本
歌集 滑走路/KADOKAWA
歌集 滑走路
著 者:萩原 慎一郎
出版社:KADOKAWA
以下のオンライン書店でご購入できます
「歌集 滑走路」出版社のホームページはこちら
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