道尾秀介 ロングインタビュー 『いけない』(文藝春秋)刊行記念|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月16日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

道尾秀介 ロングインタビュー
『いけない』(文藝春秋)刊行記念

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第3回
書かれていないことを 想像してもらう

いけない(道尾 秀介)文藝春秋
いけない
道尾 秀介
文藝春秋
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――三章「絵の謎に気づいてはいけない」の話に移ります。この章の主人公である刑事、竹梨視点の時だけ、「高価そう」、「表情」といった、独特のルビが振られています。何か意図があったのでしょうか。
道尾 
 竹梨の性格を表現しています。同じ刑事でも、一章の隈島には、そういう文章表現はそぐわない。二章の珂もそうです。地の文はその人を表す全てといってもいい。だから、視点人物によって書き分けるよう、いつも強く意識しています。一章と三章に、代田という人物が鑑識係として登場します。隈島も竹梨も、会話の中では彼を「シロさん」と呼ぶ。しかし地の文では、隈島は「代田」、竹梨は「シロさん」のまま。竹梨は心の中でも「シロさん」と呼びそうでしょ。そういう細かい描写を積み重ねていくことで、臨場感や人格が立ち上がってくるんだと思います。
――隈島の人柄は、次の言葉によく表れているのではないでしょうか。「自分は刑事をやっている。しかしそれよりもずっと長い間、人間をやっている」。彼と竹梨を比べると、人間性が真逆であることがよく分かります。
道尾 
 隈島は、生きている世界と、自分の視座が一致しています。でも竹梨は、世界と自分がどこか乖離していると感じている。世界があり、その外側に自分がいる。もしくは、自分は確かに中心に存在しているが、世界は離れた別の場所にあるのではないのか。そんな想いを、竹梨は子どもの頃から抱えていたと思います。

その竹梨の人格を踏まえて、上下逆さに歩くタニシのエピソードを挟みこみました。タニシは実際に、水面を掴むようにして、ひっくり返って歩くときがあります。僕はその姿を見たとき、どちらが上なのか下なのかよく分からない、変な気分になりました。竹梨のことを書いていると、その記憶がよみがえってきた。彼の心情を表すのにぴったりだと思いました。
三章では、竹梨とペアになる新人刑事の水元が登場します。彼はある事件の捜査中、宗教団体・十王環命会の建物の中で、「どっちが外だかわかったもんじゃない」と竹梨に言います。それを聞いた時、竹梨はどう思ったのか。でも、そこまで書いてしまうと面白くない。読者は文章を読みながら、色々なことを想像する。記憶に一番残るのは、自ら想像したことだと僕は考えています。書かれていないことを想像してもらう。小説では大切なことだと思いますね。
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この記事の中でご紹介した本
いけない/文藝春秋
いけない
著 者:道尾 秀介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「いけない」出版社のホームページはこちら
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