道尾秀介 ロングインタビュー 『いけない』(文藝春秋)刊行記念|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月16日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

道尾秀介 ロングインタビュー
『いけない』(文藝春秋)刊行記念

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第4回
メインは物語

――書くこと、書かないことの線引きはどのように決められているのでしょうか。
道尾 
 前に玄侑宗久さんと話していた際、こんなことを言われました。「道尾さんは読者を信頼しすぎじゃないか。一行で物語をひっくり返してしまうと、意味が分からない人もいるのではないか」。ただ、一方で綿密に描写し過ぎると、説明過多で好きじゃないというミステリーファンもいる。様々な読者がいますから、その辺のバランスは難しいですね。

この話で、いつも思い出すのは演出家・作家の久世光彦さんの小説です。年上の妖艶な女性を描写するのに、「紫の帯がよく似合う人だった」とたった一言しか書いてなかった。でも、完璧な描写であり、その女性がどんな人か、頭に浮かんできます。

基本的には読み手を信頼しつつ、核の部分をしっかり書けば、どんな読者でも想像はしてくれるだろうと思っています。その核の部分を見つけるのが、実は一番難しいのだけれど。
――終章は書き下ろしとなります。三章全ての物語に関わるとても重要な章でもありますね。
道尾 
 一、二、三章といいものが書けたので、終章を書くときは緊張しました。長篇でいうところの解決編で、ミステリーのもっとも重要な部分です。でも、説明編になると面白くないし、ほんの小さなミスが全体を失敗作にしてしまう。しかも今回は、そこまでの物語の色を大きく変える必要があった。かといって、突然、四章で別の主人公が出てきて説明すると、作者が顔を出したような小説になってしまう。今の話にも関連することですが、説明しすぎは厳禁です。何気ないセリフや描写で示すことで読者に想像してもらい、「そうだったのか」と膝を打ってもらう。終章は特に、説明の匙加減が難しかったですね。言葉そのものではなく、物語で説明したいというのもありました。
――三章全てに関係する謎解きを書きあげるのは、本当に難しいことだったと思います。頭の中でどのように話を組み立てていたのでしょうか。
道尾 
 将棋の羽生善治さんが言う、「大局観」みたいな視点で書いているのかもしれません。羽生さんは盤面全体を俯瞰する大局観で、次の一手を決めていると聞きます。それに近いと思います。
終章は、しなくてはならないこと、してはいけないこと、両方が山積みです。細かいことを具体的に考えていくと頭が追いつかない。なので、まず、全体的に美しいかどうかを見ながら書いていく。一行増えるごとに、まだ美しいか、まだ綺麗なままか。最終的に何も壊さずに書くことで、伏線が綺麗に回収される。あらかじめ、伏線回収の箇所を箇条書きにして用意したりすると、物語が歪なものになってしまうんですね。
あくまでもメインは物語です。違和感のある場所に伏線は入れられません。けれど、少しだけ違和感を出す必要もある。一番いい場所に一番いい案配で、伏線を入れるよう、いつも気をつけています。
伏線は、その一行を憶えておいてもらわないと機能しません。では、その一行をどうやって憶えてもらうか。アンダーラインを引くわけにも、それこそフォントや色を変えるわけにもいかない。方法は一つしかなくて、それは、いい文章を書くこと。「一文字も読み逃したくない」と読者に思ってもらえれば、伏線が機能し始めます。
――いたるところに隠された伏線や写真の仕掛けも含め、最初から最後まで道尾さんの小説世界が楽しめる一冊です。道尾さんの中で、一つの謎や仕掛けが閃く瞬間とは、どういったときなのでしょうか。
道尾 ああでもない、こうでもないと何日間も考えて、あるとき、ようやく思いつきます。でも、その時点では仕掛けは十分の一も出来ていない。それに、最初に思いついた案の大半は、周りを固めていくうちに成立しないことに気付きます。一晩寝ると、なぜ昨日はこれが面白いと思えたんだろうみたいな、そもそも思いついたこと自体が間違いだったような案もあります。正直言って、最初のアイデアは面白くないことが多い。そこから改良を繰り返す。そうすると、ゴールが見える瞬間が必ずあるんですよね。

――最後に、もう一つだけお伺いします。道尾さんは十五年の作家生活の中で、常に自らに高いハードルを課してこられたと思います。最新作『いけない』を執筆される際は、いかがだったのでしょうか。
道尾 
 課していたハードル自体は今までと変わりません。一つ前の作品よりもいいものを書くことです。それと今回に関しては、「新しいことをする」。写真の仕掛けにしてもそうです。今の時代、ちょっと新しいだけでは、誰にも興味を持ってもらえないし、ましてや手に取ってはもらえない。これまでとはガラッと変わったものを示さないと、人はお金を出して買ってくれないと思います。

小説は、読むのにすごく時間がかかるものです。時間と労力、そしてお金を使ってもらうからには、ただ新しいのではない、ものすごく新しいものを作り上げること。それは書きながらずっと意識していました。
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この記事の中でご紹介した本
いけない/文藝春秋
いけない
著 者:道尾 秀介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「いけない」出版社のホームページはこちら
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