中平卓馬をめぐる 50年目の日記(19) 柳本尚規|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年8月19日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(19)
柳本尚規

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川崎競馬場はどこにあってレースはいつ行われるのか。私は競馬場の代表電話にダイヤルして、たらい回しにされながらも何とか調べ上げた。屠場の撮影申し込みについては編集者に任せた。こちらの方は行ってすぐ撮らせてもらえるようなところではない。

結局私は競馬場へは付きあったが、屠場へは行かなかった。カエルの解剖をする授業の時も教室から逃げ出したという過去を話して勘弁してもらった。

競馬場へはあらかじめ趣旨を伝えておいたので、着くと事務室に案内されて広報の責任者のような人が迎えてくれた。

その人がいぶかしげな表情を浮かべたのはきっと私たちがあまりに「カメラマン」の感じではなかったからだろう。中平さんは28㎜レンズをつけたニコンFを首からさげ、それと肩にかけた小さなバッグだけという格好。

私もカメラ一台と小さなバッグ。バッグにはそれぞれ十本ほどのフィルムが入っているが持ち物はそれだけ。交換レンズを持つことなどは思いもつかない超軽装備のカメラマンを見て、広報の人は朝日のカメラマンがくるという想像とのズレにがっかりしたのだと思う。お定まりの取材用腕章を付けることすら思いつかなかったから持ってもいなかった。

中平さんはいつも焦点距離が28㎜のレンズだけを使っていた。いわゆる広角レンズだが、よく使われる焦点距離も流行りのように時代によって変わるものだ。1960年代初頭までは、「報道写真」の流れを受けて標準からやや望遠側に寄ったレンズが多く使われていた。これは主題を強調する手法からそうなったようだ。あるいは撮影者の「凝視」している意思を暗示するためにもそうなったのだろう。

しかし「報道写真」のような社会的関心に裏付けられた写真は、撮影する者と対象との距離感、関係が気にかけられるように変わってゆく。「写真家」は観察者に過ぎない、あるいは誠実かつ熱烈な観察者であることによって「写真家」の写真は成立する。そういう感覚の台頭とレンズの焦点距離の移動は無関係ではなかった。

私も同意見だが、知っている写真家のほとんどの人が焦点距離は年齢とともに大きくなる、と言う。望遠系になってゆく、画角が狭くなってゆく傾向が否めないというのである。視野が狭くなってゆく、自分中心主義になってゆく現れとも言えることだ。

だから中平さんも私も、28㎜から始まっていたことは時代の趨勢からも年齢からも道理至極当だったことになる。

とは言え「街に戦場あり」のようなテキストとともに写真が挿入されると、どうしても写真は「補足説明」用になる。そういう役割になるのに、補足説明を顧慮しない、と言うのかできない中平さんの写真は、決して読者の目には「いい写真」には見えなかったに違いない。中平さんは「川崎競馬場」でそう実感したと思う。

これはこれ、それはそれと割り切った「仕事」の写真に関心を持って写真家になったわけではないから、「街に戦場あり」の写真には始まった時から、少し気持ちが引けているように私には思え、没頭できないでいるように見えた。

はじまった連載で忙しくなって、中平さんは都内の東急東横線、都立大学駅から十分程のところに引っ越した。実家が同じ東横線沿線だったので土地勘もあったようだ。それからは隣り駅の自由が丘で会うことが多くなった。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)

   (次号へつづく)
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