伊波真人『ナイトフライト』(2017) どこへでもつながってると知ってから線路を星を見るように見る |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年8月19日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

どこへでもつながってると知ってから線路を星を見るように見る
伊波真人『ナイトフライト』(2017)

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ターミナル駅の歩道橋から、ほうぼうに伸びてゆく線路を眺めたことがある。そこは地方都市の駅でもう使われていない引き込み線なども多かったのでそれほど鮮烈な印象は受けなかったが、首都圏のターミナル駅で今も生きている線路ばかりが伸びてゆく様子を眺めることは、とても鮮烈な経験だったのだろう。「つながっている」ではなく「つながってる」と「い抜き言葉」を用いているのは、単なる音数合わせではなく、この語り手の幼さを表現している。どこまでも永遠につながっているようにすら見える線路という体系に、無限の星空に憧れるのと同質の感動を覚えてしまう。光を発していないはずの線路がこの語り手の目にはきらきらと輝いて見えたことだろう。星をつないで星座を作るように、駅をつないで、街をつないで、鉄道網は構築されている。

これはこの作者の特徴でもあるが、まるで神の視点から見下ろすように都市を描いている。高いところから線路に見とれる少年のさらに上から、鉄道網というシステム自体を見下ろす何者かの影がある。その「何者か」は知っている。「どこへでもつながってる」というのは錯覚であり、線路に無限の可能性があるかのように見えるのはまだ都会の一部しか知らない幼さゆえの全能感であることを。だからこの神の視点で見下ろす存在は、少年が成長した未来の姿かもしれない。空間を大きく見下ろすばかりではなく、時間も大きく飛び越えた歌になっている。(やまだ・わたる=歌人)
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