鶴見俊輔✕小田実 “喋る”論理のすすめ ――現代知識人の課題は何か 『週刊読書人』1964(昭和39)年9月7日号 1~2面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月18日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第541号)

鶴見俊輔✕小田実
“喋る”論理のすすめ ――現代知識人の課題は何か
『週刊読書人』1964(昭和39)年9月7日号 1~2面掲載

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1964(昭和39)年
9月7日号1面より
このほど出版された小田実氏の『日本の知識人』(筑摩書房、グリーンベルト・シリーズ)は、海外旅行の体験をもつ氏が、その広い視野から西欧やインドの知識人と対比しながらわが国の知的状況を論じたユニークな文明評論である。
「生活の場」と「思想の場」が雑居した論理性の希薄を衝いたこの書は、新たな知識人として豊富な問題提起を行っているが、ここでは、本書を手がかりに、小田氏と鶴見俊輔氏に“日本の知識人”をめぐる問題について語り合ってもらった。(編集部)
第1回
“中間知識人”の意味 ――興味ある“一人おかれた男”

鶴見 
 留学生三代記みたいなもの、これはたいへんおもしろいと思いましたね。幕末・維新のころの留学生、あのころだと、日本の立場がどんどん伸びていくから、一種の相対性があって日本が送り出していく留学生が、十年おくれると、向うが受入れてくれる態度が違う、こちらも違ってくる。だから、森鷗外と夏目漱石とでは、もうすでに向う側も違いこちら側も違って、漱石の日記にもそれがある。その指摘はとてもおもしろいと思いました。

それは戦後にも当てはまりますね。敗戦直後に留学したのと、敗戦から十年たって留学したのと、日本の位置が相対的に違うし、アメリカに留学したとすれば、アメリカにとっての日本の利用度は非常に違う。だから、向うでは、ものすごく歓迎されたり、はじめのうちはただ頭をなでられたり、というような違いがある。こういう留学生史を書ける骨格というのは、いままで素材をずっと並べたものはあると思うけれども、ここではじめて出たという感じがしますね。
小田 
 それには興味あるんです。小説を書こうと思ってましてね、留学生の。鹿児島へいつか行って、少し調べたんです。鹿児島へ行くと、島津公の博物館みたいなものがあって、その博物館の中に写真があるんです。その写真を見ていて異様なる感動を覚えた。三枚写真があって、一枚は大久保利通がパリに来ていたときに、みんなで集まったんですな、そのときの留学生がとった写真。たいへんスマートにうつっている。しゃれた着こなしの服なんか着て、いまの人よりもすごく西洋化されているような感じがしたんですね。非常に近代化されているような。それを見て中の説明を読んでいると、その中に、西南の役の参加者というのがたくさんいたんです。少し気にかかってね。パリに行くほど近代化された人たちで、しかもあとになって西南の役に参加しているのはどういうことか。これは一ぺん知りたいと思うんです。
鶴見 
 村田新八なんか、そうでしょう。あれは留学生でしょう。
小田 
 もう一つは、第一回の五代友厚が引連れて行った薩藩留学生の写真があった。それには満十三才ぐらいのが最年少で写真にうつっているんです。面白いのは、一人一人の人物に後に何になったかということが書いてあるんですよ。後の海軍中将とか。その中で半分ぐらい、後に何になったか書いてない。肩書きのない人がいた。ぼくはそれにたいへん興味あるんです。
鶴見 
 “一人おかれた男”というのはたいへん興味あるんですよ。昔の写真見ていると、一人おいて誰、というのあるでしょう。何ものなのか、一人おかれた男の立場に立って書いたらおもしろい。“一人おかれた男”というエッセイを書きたいと思って、タイトルだけ考えたことあるんです。その“一人おかれた男”がずぬけてえらくて、実現した歴史がその人物を包摂できなかった、という可能性を考えていたわけだけど、似ているわけだな。
小田 
 この本は、そういう立場に立って考えたんですよ。ふつう、日本知識人論を読むと、たとえば徳富蘇峰とか、徳富蘆花とか、わりと有名な人たちを取り上げて、その日記とかいろいろ集めて、思想的転換とか何かやっている。そういう研究は非常に発達している。それから、庶民を取り上げての研究も、今はいろんな人がやり出しているんじゃないかと思うんですよ。しかし、ぼくが不思議に思ったのは、その中間みたいというとおかしいけれども、ふつうの知識人というのが何を考えたか、そこのところがよくわからないような気がするんです。

中間の、たとえば明治時代に総合雑誌を読んでいた人、そういう人たちがどういう工合に考えていたとか、それがどういうふうになっていったかというのは、比較的落ちているんじゃないかと思うんです。だから、ぼくはこの本を、いったい知識人とは何ぞやということをほんとうに疑問に思って書いているんです。

たとえば国民文化会議の知識人の問題に出たときにも感じたんですが、みんなは知識人というのを論じているんだけれども、いったいこの知識人、論じられている知識人は、おれの友だちも入れるのか、おれも入れるのか、それとも入らないのか、つまり会社に入って漫画を読んでいるやつが入るのか入らないのかね。それから、ぼくが教えている連中がこれからなるんだけれども、こういうのは入るのか入らないのか。教えている連中の学力を見たら、さんたんたるものだけれどもね、こういうのが入るのか入らないかということを、たいへん感じたんです。
鶴見 
 ここで落ちているのは、外国に行かない知識人なんですよね。にもかかわらず、結論はね、外国に行かない日本の知識人についての結論を出しているわけなんだ。その素材は、外国に行った知識人の話と外国の知識人の話でだいたい埋っていて、結論は、外国に行かない日本人の知識人についての結論でしょう。そこのところが、論証の手続としてまずい。本来日本人の知識人としては、外国に行かない知識人と、外国に行った知識人と二部構成にしなきゃいけないでしょう。外国に行った知識人の場合はとてもおもしろいんだけれども……。

だけど、問題は、外国に行かない知識人というものが、幕末から今日までいかなる役割をはたしたか、そして今日もどういう役割をはたしているか。それこそ最も重大な問題でしょう。それが、問題としては出ているんだけれども、たりないと思うんだな。

私は、外国に行かない知識人で、非常にインターナショナルな視点をもった知識人に対して、個人的に劣等感をもっているんですよ。戦後のつきあいの歴史というのはそういうものでね。私は、たとえば武谷三男さんとか、花田清輝なんていうのに対して、どうしてもかなわないというか、はじめから頭下げているところ、あるんですよ。というのは、彼らは、戦争中の日本にいついてしかもはたちぐらいから、インターナショナルな視点をつらぬいているんですよ。花田清輝の『復興期の精神』だってそうだし、武谷三男氏の『弁証法の諸問題』なんかも、そうです。一歩も出ていないですよ。だけど、日本にでんとすわって、徹頭徹尾インターナショナルなんだな。ああいう人間になりうる道が日本の中にはある。そういうことの重大さを痛感する。

けっきょくそれは、谷川雁とか吉本隆明とか、そういう人に継承されているわけですね。むしろ吉本や谷川から刺激を受けてものを考えている集団というのが、日本にあるわけでしょう。それが、しかもいまだったら、義務教育の中学校だけで終っているという場合に、私はそういう人はほんとうの知識人だと思うんだ。大学というやつは、ただ漫然と行っている人が多いですからね。だから、そういう集団がどういう意味をもっているか、これからどういう役割をはたすか。そこが、この本には欠けているという気がするんですね。そのへんがいちばんの関門だな。
小田 
 ぼくは、吉本氏、谷川雁氏、そういう人たちが非常に影響力をもっているのは認めているんです。ただ、いままでの歴史を見ていた場合に、それと無縁に動いている人たちが、またいるわけでしょう。それと無縁に動いている人たちの数が、またべらぼうに多い。たとえば学生で吉本隆明、谷川雁にこっている人は、いるわけですがね。しかし、それはいつのまにか卒業してしまうでしょう。卒業してしまって、ふつうの、、、、サラリーマンになっちゃうわけだ。たいてい、なっちゃいますよ。そのほうがぼくは問題だと思う。そっちのほうがたいへん気になるんですよ。それを書きたかったんです。
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この記事の中でご紹介した本
日本の知識人 【小田実全集】/ 講談社
日本の知識人 【小田実全集】
著 者:小田 実
出版社: 講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「日本の知識人 【小田実全集】」出版社のホームページはこちら
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