鶴見俊輔✕小田実 “喋る”論理のすすめ ――現代知識人の課題は何か 『週刊読書人』1964(昭和39)年9月7日号 1~2面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月18日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第541号)

鶴見俊輔✕小田実
“喋る”論理のすすめ ――現代知識人の課題は何か
『週刊読書人』1964(昭和39)年9月7日号 1~2面掲載

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第4回
しゃべり疲れた若者 ――必要な論理追求の態度

鶴見俊輔氏(左)と小田実氏
小田 
 若い人たちを見ていると、ちょっとしゃべりつかれている傾向ありますよ。もう黙ってしまって、それよりは不言実行だという…。
鶴見 
 それが創価学会に行くんです。大学の中に急速に創価学会ふえている。同志社なんかでは、いまや熱烈なキリスト教信者の数よりも、熱烈な創価学会信者の数のほうが多い。そのことはいまの大学生のレヴェルの知識人の場合には、しゃべりつかれているということだな。
小田 
 だから、いま、しゃべりつかれている人たちがこれからずっと多くなるというのが、すごく問題なんだな。しゃべる論理というのをもっと入れなければならないと思う。とことんまで論理を追求する態度というのは、やっぱり必要だと思うんです。

さっきの綴り方の問題になりますけれども、もう一ぺん論理だけで書く文章というのを、われわれは訓練しなきゃいけない。
鶴見 
 しゃべるということと、演説ということとは全く対立することなんだな。しゃべりつかれた人間というのは、けっきょく人の演説を聞くことを好み、人の演説のペースに巻込まれて自分も演説するようになるわけだね。しゃべるというのは、立場の取り合いでしょう。相手の立場を取って考えてみて、自分のしゃべりはじめたときの立場が動く、お互い動くことがおもしろいから、無限にしゃべっているわけだね。とにかくしゃべりつかれると演説が入ってきて、どっとある方法に流されていく。それが、きざしはもう出ているわけですよ。一方で創価学会に非常に強く出てきているし、その次に、もっと小さい形だけれども、共産党が、戦後とか六全協のころに比べてものすごく硬直してきて、第二創価学会的になっているわけだ。そういう演説型が出てきている。これが、創価学会も共産党も、もっとしゃべり方を尊重して、自分たちが変っていくように出てこないともかぎらないですがね。その可能性は残っているわけなんだ。それが、あと十年見ないとわからない点であるし、見るだけじゃなくて、それを変えるために奮闘努力しなきやいけないと思うんだけどね。

とにかくわれわれは、しゃべりくたびれないという不退転の決意を固めなきゃいけないね。
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この記事の中でご紹介した本
日本の知識人 【小田実全集】/ 講談社
日本の知識人 【小田実全集】
著 者:小田 実
出版社: 講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「日本の知識人 【小田実全集】」出版社のホームページはこちら
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