二〇一九夏の文藝夜話  登壇者=倉本さおり氏、長瀬海氏、竹田信弥氏|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月21日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

二〇一九夏の文藝夜話 
登壇者=倉本さおり氏、長瀬海氏、竹田信弥氏

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七月十一日、「読書人カフェ 二〇一九夏の文藝夜話」を神保町・読書人隣りで開催した。イベントでは、『週刊読書人』新旧の文芸時評担当者が上半期の注目作品や文芸について語った。二〇一九年上半期文芸の話題を中心にレポートする。登壇者は、書評家の倉本さおり氏(二〇一五年文芸時評)、書評家・ライターの長瀬海氏(二〇一九年文芸時評)、司会は竹田信弥氏(赤坂・双子のライオン堂)。
目 次

第1回
■文芸時評とは何か



――トークの冒頭、長瀬氏は「文芸時評とは何かといえば、文芸誌を一頁目から最後の頁まで読んで取り上げるべき作品を選び、論じていくことだが、各紙の文芸時評などを見ていると、どうやら一頁目から全て読むことはあまり意味がない(笑)。でも無意味なことが文学で、そういう中から文学は生まれてくるということを体感しつつある」と語った。倉本氏は朝日新聞の小野正嗣氏や産經新聞の石原千秋氏の文芸時評に触れ、「今は正統派の文芸時評というものが少なくなってきているような気がする」とコメント。竹田氏は「『文藝』で季評「文態百版」を書く山本貴光さんのような今までにない視点からの実験的な時評もある」と話した。倉本氏は「今後はもっとラディカルな小説を読める世代の人たちが自由に文芸時評をやっていいのではないか」と語った。また上半期のニュースとして『文藝』重版の話題が挙がった。
■新旧時評担当者による二〇一九年上半期のお薦め

◎大前粟生『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房)

長瀬 
 大前粟生さんの『私と鰐と妹の部屋』は、五三個の物語が詰まったショートショートの作品集。ショートショートというと日本では星新一さんが有名だが、大前さんの作品は読んでいくとブワッとぶん投げられて知らない地点に着地するみたいな面白みがある。僕は「屋根裏部屋」という短編が好きで、自分の家に屋根裏があると信じてやまない主人公がついに秘密の階段を見つける。上ってみるとそこには猿のミイラがあって、物語が無茶苦茶なところに着地する。全てが予定調和でなく展開していって一編一編が愛おしい。
倉本 
 人が人であるだけで背負ってしまう業みたいなものが奇想に変換されているというか。短さの中に不穏な空気が凝縮されていて、もっとも根源的なところを掴まれているような感覚だけを取り出して物語化している。星新一さんは日本のショートショートの雛形になっていると思うが、大前さんの作品は多分そういう文脈とは違うところから発生していて、ケリー・リンクとかミランダ・ジュライといった海外の書き手から雑多に摂取している印象。大前さんの前作『回転草』より、さらに切れ味が良くなっていて、最近文芸誌で芥川サイズの作品も書き始めているので注目している。
◎上田岳弘『キュー』(新潮社)

キュー(上田 岳弘)新潮社
キュー
上田 岳弘
新潮社
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長瀬 
 上田岳弘さんの『キュー』は粗筋をまとめるのが困難な書評家泣かせの作品。簡単にいうとこれは人類小説で、一人のなんでもない人が、突如、人類を代表するようになってしまう。特徴的なのは社会がそこにないこと。僕はこれを読んで、この人は本当に心から物語が好きですごく無邪気に物語を書きたい人なんだと思った。物語への愛がすごく伝わる小説。
倉本 
 第二次世界対戦の頃の記憶と現代の記憶と七〇〇年後の未来の像という三つの時代軸が交互に差し込まれていて、繰り返し視点が切り替わるうち、それぞれの残像が重なり合って、人類の行き着く果てのイメージが蜃気楼のように頁から立ち上る。その構造が鮮やかで美しい。上田作品には「肉の海」という、最終的に人類は個人としての身体を放棄して一つに溶け合ってしまうのではないかというヴィジョンが通底している。でもそれは本人曰く「あくまで予測」で、まさにその予測を裏切るために文学というのは存在していると発言している点も面白い。

◎古谷田奈月『神前酔狂宴』(河出書房新社)

倉本 
 古谷田奈月さんの『神前酔狂宴』は、神社に併設された披露宴会場を舞台に、全体主義とパターナリズムと家族制度と性差別がいかに悪魔的な合体を果たして〝結婚〟という幻に化けるか、物語の力で炙り出した作品。約二十年ぶりに大リニューアルした『文藝 夏号』の「平成・天皇・文学」特集にあわせて寄稿された作品だが、このお題で頭でっかちにならず作品内部に見事なドラマを生み出した古谷田さんの手腕にまず舌を巻いた。前作「無限の玄」は、いわば終わらない〝父殺し〟を敢えて具象化することで物語に痛快な批評性を持ち込んでいた。今作も文学の中で常態化したマチズモをぶっ壊していく感じが頼もしい。
長瀬 
 結婚式は結局、男の人が女の人を救うみたいな物語になっていて、新郎が新婦をエスコートしていくような形で演出される。そこにはジェンダー的な差異がありありとある。古谷田さんはそのことにも異議を唱えるような書き方をしている。また、イデオロギーに縛られた人物を描いているけれども、作者の正義感でそういった右寄りの思想を勝手に断罪しようとしないのも良い。

◎北条裕子『美しい顔』(講談社)

美しい顔(北条 裕子)講談社
美しい顔
北条 裕子
講談社
  • オンライン書店で買う
長瀬 
 北条裕子さんの『美しい顔』は、不遇な作品でもある。というのも、北条さんはいくつかのノンフィクション作品を読んで書いたわけだが、その参考文献を明記しなかったために問題となってしまった。それは参考文献という形で掲載すれば全てが解決されるはずだった問題だが、その内容が震災をダイレクトに扱っていたために問題が大きくなり、単行本化されるのに一年もの時間がかかってしまった。また、その参考文献の問題とともに「非当事者が震災を描くということが可能なのか」という議論が湧き起こった。今回、北条さんは指摘されたところをすべて直し、作品として世に投じたわけで、やはりここからまた、「非当事者が当事者を描くこと」の議論が為されるべきだと思う。ただ、賛否を巻き起こす作品というのは、逆に言えばそれだけの実力がある作品だと思っていて、この小説が今後どのように読まれるのか期待したい。
竹田 
 文学は声にならないものの声を反映すべき場所。そういう意味では、こういう経験をした作家が再チャレンジできる場を作って欲しい。単行本化してこれで終わりではなく、作家が次のチャンスを得て次の単行本が出せるといいなと思っている。
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