二〇一九夏の文藝夜話  登壇者=倉本さおり氏、長瀬海氏、竹田信弥氏|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月21日 / 新聞掲載日:2019年8月16日(第3302号)

二〇一九夏の文藝夜話 
登壇者=倉本さおり氏、長瀬海氏、竹田信弥氏

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第2回
■新旧時評担当者による二〇一九年上半期のお薦め


◎江國香織『彼女たちの場合は』(集英社)

彼女たちの場合は(江國 香織)集英社
彼女たちの場合は
江國 香織
集英社
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倉本 
 江國香織さんは、大人のお洒落な恋愛を描く、といったイメージを持たれがちだが、注意深く読んでいくとその世代なりのフェミニズム意識というものが巧みに書き込まれている。今作『彼女たちの場合は』は、家族に黙ってアメリカじゅうをめぐる無謀な旅へと飛び出したティーンエイジャーの娘二人の足どりがドラマの中心となるんだけど、題名の〝彼女たち〟が指し示すものの中には、娘たちはもちろん、その母親も入っているという。夫、娘とのやり取りの中で、家族という枠組みとの距離感が変化し、ある意味でリセットされていく過程が、繊細なディティールの積み重ねによってたちのぼる仕掛け。今の時代の流れに自然と呼応する小説で、江國さんの作品に対する固定観念を覆したい人に読んでほしい。

◎朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社)

長瀬 
 朝井リョウさんの『死にがいを求めて生きているの』はとある病室で意識不明のまま眠る智也と、それを見守る雄介の場面から始まる。
倉本 
 朝井さんはゆとり世代ならではの葛藤を描くのがすごく上手い。雄介は競争することで輝くような人物だが、ゆとり世代は競争を禁じられた世代でもある。
長瀬 
 そういう人間が平成に生まれて競争する場所がないまま育って、どうやって生きがいを見つけていったのかがキータームになってくる。僕も自分は平成の人間だという感覚がある。この小説を読んで共感したのは、僕自身も生きていて欲望がないこと。なんで生きているのか、何を自分の寄る辺にして生きていけばいいのか、大きな物語がないなかでただただ必死に自分の存在意義を求めている。
倉本 
 競わせられるということは、外側から物差しをあてられるということ。ある意味その物差しに寄り添って生きてしまえば、規定される苦しさはあっても、拠り所がないという茫漠とした不安からは解放される。
長瀬 
 それが雄介に仮託されてこの物語は作られていて、その寄る辺なさから、最後には宗教みたいなものにはまってしまうのだが、その気持ちもすごくわかる。
倉本 
 拠り所を自分なりに見いだすため、はまったふりをして自覚的にその団体に傾倒するという、すごく捩じれた自己表出の仕方をしているのが痛々しくてせつない。

◎町屋良平『愛が嫌い』(文藝春秋)

愛が嫌い(町屋 良平)文藝春秋
愛が嫌い
町屋 良平
文藝春秋
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倉本 
 町屋良平さんの『愛が嫌い』の表題作は、共働きの友人夫婦の代わりに幼稚園の送り迎えを引き受けているフリーターが主人公で、彼の手助けがないと友人一家の生活はもう成り立たない状態。「フリーター文学」という言葉がさかんに取り沙汰された平成の中頃は、フリーターといえば社会から疎外されている存在だったけれど、本作ではその不安定さこそが社会の凹凸に奇妙に噛み合ってしまっている点が新しくてリアル。「しずけさ」という作品の主人公も、苛められたわけでもブラック企業に勤めてるわけでもなく、なんとなく働けなくなって家で閉じこもっている。町屋さんはインタビューで「自分のダメさを声高に主張すると、ある意味では強者に反転してしまうことがある」ということ言っていて非常に面白いなと思った。つまり、自分は弱者であると言えない、声をあげられない弱者に寄り添いたいという人。芥川賞を獲った後もアップデートし続ける作家だと思う。

◎櫻木みわ『うつくしい繭』(講談社)

うつくしい繭(櫻木 みわ)講談社
うつくしい繭
櫻木 みわ
講談社
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倉本 
 櫻木みわさんの『うつくしい繭』は一応SFに属する作品集だけれど、あまりジャンルの壁を感じさせない。舞台となっている東ティモールやラオスといった地域の生活や貧困、社会格差や歴史の影みたいなものが物語のコスプレとしてではなく背景の中にちゃんと混ざり込んでいる。だからこそ生命の気配が濃密に感じられて文章に色気がある。他にも、死んだ人の声が聞ける小さな女の子が出てくる話の中で、「声の果実」という単語が出てきてハッとしたが、そういう言葉の感受性みたいなものにも惹かれる。本作がデビュー作だが、青田買いしたい作家さん。

◎津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』(早川書房)

長瀬 
 津原泰水さんの長編小説『ヒッキーヒッキーシェイク』は、文庫化にあたり、単行本の版元である幻冬舎ではなく、早川書房から刊行された経緯が問題になった。幻冬舎の社長である見城徹氏は津原さんの作品の実売部数をツイートしてしまった。その行為は出版界では絶対にやってはいけないことで、弱い立場である書き手は追い込まれてしまう。見城氏はツイートしたことに対しては世間一般に向けて謝罪はしたけれど本人には謝罪していないし、文庫の刊行に圧力をかけたことも謝罪していない。それは今もって批判するべきだと思う。

物語はヒキコモリたちの緩やかな連携と、彼らが世界の真実と戦う様を、リズミカルで心地よい文体で描いている。ヒキコモリたちの声がそのなかで多声的に、ミシミシと音を立てながら、響き渡る小説だ。軽いタッチでリーダブルだが、ヒキコモリの内面にそっと優しい手を差し伸べるかのような語りが、読者の心を掴んで離さない。必読の一冊だ。 (おわり)
この記事の中でご紹介した本
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