東浩紀ロングインタビュー(聞き手=長瀬海) ユートピアと加害の記憶 ゲンロン叢書03『テーマパーク化する地球 』(ゲンロン)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月23日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3302号)

東浩紀ロングインタビュー(聞き手=長瀬海)
ユートピアと加害の記憶
ゲンロン叢書03『テーマパーク化する地球 』(ゲンロン)

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第4回
慰霊と震災/生きるとは害を為すこと


――「慰霊と震災」では、思想家である東さんが被災地や震災そのものと、どのように関わっていこうとしたかが極めて実践的に書かれています。震災直後は実に多くの言説が飛び交いました。それこそ当事者でなければ被災地と関わってはいけないというような抑圧的な言説もあったと思うのですが、現時点ではそれらの多くは年金問題や消費税の問題に置き変ってしまって、震災についての言説のほとんどが消滅してしまいました。東さんは現在、どのように震災と関わっていこうと考えているのでしょうか。
東 
 これもやはり、加害の問題、人は害を為さないと生きていけないという問題と関わっています。震災について考えるということは、日本人が原子力をどのように享受してきたかという問題とセットにして考えなければならない。それを単純に被害者の側から考えることはできない。ただ、福島について語るのは、もう自分には難しいと考えています。

――たとえば、当事者でない小説家が被災者や震災直後の被災地の状況について書けるのか、非当事者が語れるのかという問題があります。それについて当事者の声を聴かなければ語れないという意見もある一方、僕は非当事者として震災を描く際に、参考資料をたくさん使いつつ、文学的な想像力でもって補うという形で書くということも可能なんじゃないか、むしろそのようなあり方でしかコミットできないんじゃないかと思っているんです。被災者ではない人間が何も語れないのかというと、そうではないんじゃないかと。
東 
 それは各人が考えればよいと思います。ただ、あらゆる問題について、当事者の声を聴かなければ語ってはいけないという主張は、普遍的には成立しえないと思います。そんなことを言ったら、遠い過去については語ることができなくなりますから。

『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン)の中で、僕は「親であること」について語っています。それは加害者であるということです。最近反出生主義という哲学の流行がありますが、親であることは本質的に加害者であることです。DVとかネグレクトとかがなくても、本質的にそうです。本来は存在しなくてもいい主体を存在させてしまうこと、それ以上の加害はない。「親」というのは加害の雛形です。でも、それを単純に拒否できるでしょうか。害を為すことをすべて否定してしまうと、人は何も語れなくなるし、子どもも作れないし、究極的には生きることすらできなくなります。だから、ぼくたちは、害を為すとは一体何なんだろうという問題について、もっと根本的に、哲学的に考えていかなければいけない。被害者の側に立って加害者を告発するだけで満足してはいけない。福島の問題についても、東京の人間が東京から考えることは本当はすごく大事です。僕たちは東京にいて福島の電力を搾取して生きてきた。それをどう考え、記憶するかが大事であって、被害側でない人間は何も語るなという批判は、結局は害の本質を考えさせなくさせるだけだと思います。僕はいまは、原発の問題については、チェルノブイリへのツアーを実践することで考え続けています。僕たちはみな害を為しながら生きている。親になりながら生きている。被害者からの哲学、言い換えれば「子ども」の側からの哲学しかない世界というのは、欺瞞に満ちた世界だと思っています。
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この記事の中でご紹介した本
テーマパーク化する地球/株式会社ゲンロン
テーマパーク化する地球
著 者:2157
出版社:株式会社ゲンロン
以下のオンライン書店でご購入できます
「テーマパーク化する地球」出版社のホームページはこちら
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