写真家ナダール 書評|小倉 孝誠(中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年11月18日 / 新聞掲載日:2016年11月18日(第3165号)

写真家ナダール 書評
「時代の子」ナダールをとおして見える19世紀パリの姿

写真家ナダール
出版社:中央公論新社
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賑々しい表紙だ。広場で飛行準備中の気球、上空から撮られたパリの姿、闇の中から浮かび上がる地下空間、そうした写真といくつかの風刺画に囲まれ、本書の主人公ナダール(1820―1910)の自写像がこちらを見つめている。熱のこもった抜け目なさとやんちゃ坊主のような憎めない人柄を感じさせて、見飽きない一点である。1855年頃のものという。年若い妻を迎えて写真館を構え、親しい芸術家や作家をさかんに撮り始めた時期だ。そうした友人の一人、詩人ボードレールからの引用で本書は始まる。「ナダールは生命力の最も驚くべき表現である」、「抽象的なものを除いてナダールがあらゆることで見事に成功するのを見て、私は彼に嫉妬した」。かのボードレールを嫉妬させた男とは何者か? 本書は、19世紀パリを疾走したこの多才な人物――その「生命力」は、天才詩人の倍近い90歳という天寿を全うさせた――を6章構成で描き出す、良質な入門書である。まとまった評伝としては和書初でもある。

表紙がほぼ示すとおり、ジャーナリストに風刺画家、写真家に気球冒険家と多くの顔をもつナダールだが、肖像写真以外の仕事に見るべきものはないとの評もある。が、彼が手を出したそれら多様な領域そのものが「十九世紀という時代と深く切り結んでいるという意味で、ナダールはまさに時代の子だった」。著者が素描するのは、「時代の子」をとおして見える19世紀パリの姿でもある。多くの図版が目にも楽しく、読後に得られるのは何か生々しい感触――当時のこの都市の熱さ、怪しさ、騒がしさだ。とりわけ第4章「地下世界を撮る」と第5章「気球の冒険」あたりは、著者のすぐれた文化史研究『19世紀フランス 夢と創造』が見せてくれた、地底世界や飛行に対する人々の想像力の逞しさが読み手にぐいぐい迫ってくる。写真史だけでは追いきれない部分であり、またこれまで様々なフランス文学者が手がけてきたそれぞれに魅力的なナダール紹介とも、本書が一線を画するゆえんである。

被写体となる人物の内面を十全に引き出したナダールゆえ、本書にも多くの肖像写真が登場する。文学者、画家、音楽家、学者・政治家、そして女性という分類だ。「女性」? 他とは異質なこの枠には女優サラ・ベルナールなども入っているが、筆者の目を引いたのは、乳房を露わにした豊満な黒人女性の肖像である。「カリブ出身のマリア」としか情報がないというが、ヌードをさほど残していないと思われるナダールがいったいどのような文脈で撮影・発表し、また近年の(再)評価があるのか、実に興味をそそられる。この時期のパリの黒人女性の姿といえばマネの〓オランピア〓のメイドが思い浮かぶが、ロールという名しか知られず関心も持たれなかった彼女に美術史家グリセルダ・ポロックらが光を当て始めたのはようやく1990年代末のこと。これからナダールのマリアの「内面」が見えてくるのかどうか、大いに楽しみにしたい。
この記事の中でご紹介した本
写真家ナダール/中央公論新社
写真家ナダール
著 者:小倉 孝誠
出版社:中央公論新社
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