オプス・デイ 任務の考古学 書評|ジョルジョ・アガンベン(以文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月24日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3303号)

オプス・デイ 任務の考古学 書評
法―政治装置の解明を通じて
主権と生政治の成立を跡付ける

オプス・デイ 任務の考古学
著 者:ジョルジョ・アガンベン
翻訳者:杉山 博昭
出版社:以文社
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 本書は「ホモサケル」シリーズのなかでも法-政治装置の解明を通じて主権と生政治の成立を跡付ける。構成は次のとおりである。1「典礼と政治、閾」、2「秘儀から効果へ、閾」、3「任務の系譜学、閾」、4「ふたつの存在論、あるいは、いかに義務は倫理になったか、閾」。

他の作品同様、語義の歴史がたどられキリスト教会で成立した統治原理が近代生政治に接ぎ木されていく過程が明らかにされる。まず、1と2において、おもにキリスト教の典礼制度の歴史が分析される。祭司による秘跡の効果は個人の倫理的もしくは物理的条件と切り離され、たとえ祭司が殺人を行った人物であったとしても、秘跡は有効であった。この有効性の根拠は、殺人を行っている最中の祭司は祭司ではなく、祭司という個人はあくまで秘跡の実践においてのみ存在として意味を持つという点にあるという。

3と4では、いよいよ祭司の任務そのものに目が向けられる。祭司の任務とは秘跡の代理行為である。この代理行為において祭司は個人の信条を脇に置き、集団の一員としての任務遂行を至上命題とする。執行にあたって、祭司は徳性の持ち主でなければならない。神学における徳性とは神との合一へ向けた実践であり、加えてそれには自らの能力を補完し続けるよう急き立てる義務も含まれる。この徳性を根本で支えるのは「敬神」である。祭礼と栄誉をただ義務、すなわち命令への服従として神に捧げることが統治の有効性を担保する。

以上のいくつかの伏線は後半でみごとに収斂し、ここに本作品の真骨頂がある。神学の統治倫理における「敬神」は世俗では法への「尊敬」に置換される。ここでいう「尊敬」とは「はたらきの動機たりうるすべての要素を差し引いた果てに残る感情、もしくは不快」である。たしかに個が自らの傾向を抑圧し、遵法精神に則り疑問を差し挟むことなく任務にまい進することは不快を伴わずにはいられない。注目されるのは法的義務が事物の状態と一致することはないという指摘である。アガンベンは言う。「懲戒を確定する規範は死刑執行人が苦痛を課すべきであることを断定するのであって、苦痛を現実に課すことを断定するのではない」。死刑執行人は規範を共有する集団の一員として規範に則った物事の迅速な処理を任務とする。この任務は命令のかたちをとっており、命令された者はまた別の者に命令を下すという無限連鎖の構造をとる。典礼制度における祭司の存在と同様、世俗世界でもこの命令を下すという任務の速やかな実施こそが執行者のアイデンティティを保証する。ここにわれわれは、生政治を支える統治倫理作用、すなわち虐殺を知り間接的に加担していることを知りながらも平然と人々を収容所に送り続けたナチスの官僚たちの心性を目の当たりにする。この統治倫理作用は依然として私たちの日常のすぐ間近に、しかも至る所に存在している。
この記事の中でご紹介した本
オプス・デイ 任務の考古学/以文社
オプス・デイ 任務の考古学
著 者:ジョルジョ・アガンベン
翻訳者:杉山 博昭
出版社:以文社
以下のオンライン書店でご購入できます
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