候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道 書評|アレックス・ナンズ(岩波書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月24日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3303号)

候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道 書評
希望は進化の燃料
――「真実」を活写した、手に汗握る政治冒険物語――

候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道
著 者:アレックス・ナンズ
翻訳者:藤澤 みどり、荒井 雅子、坂野 正明
出版社:岩波書店
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 「不平等である必要はない、不公正である必要はない、貧困は必然ではない。物事は変わりうる、そして変わっていくだろう。」

「安全保障とは何ですか。爆撃して、一生残る傷を負わせて、殺害して、破壊する能力が安全保障ですか。それとも、他の人とうまくやって、お互いに敬意ある存在として認め合う能力のことですか。」

「生きていると、実に多くの人と出会う。同意できる人もいるし、同意できない人もいる、まったく同意できない人もいます。でも、いつもその人たちのことを知りたいと思っている。誰かと会えば、誰でも誰かと会えば、その人は何かしら自分の知らないことを知っているからです。他の人の言うことに耳を傾けたり他の人から何かを学んだりできないほど、傲り高ぶってはいけない。私にとって、統率力とは、これ〔口を差す〕を使うのと同じくらい、これ〔耳を差す〕を使うことです。」

「政治家に対しては不公平にあたるようなことは何もありません。」

最初から長い引用で恐縮ですが、これらの言葉は誰の口から発せられたものでしょうか? 哲学者か思想家、宗教者の言葉と考えてもおかしくないだろうが、これは政治家の発言である。その名はジェレミー・コービン、英国労働党で三二年間、党内最左派で無名のヒラ議員であったが、「反緊縮候補求む」との声に押されて、不承不承党首選に立候補、予想外にも二〇一五年に英国労働党党首となり、しかも二〇一七年の総選挙で圧倒的不利と言われながら、政権保守党を過半数割れに追い込んだ。彼の興隆は、主流メディアや労働党右派の妨害に対抗するインターネットメディアを駆使した若者たちを中心とした新しい党員たちの力が大きかった。まさに「運動であって、人ではない」キャンペーン、多数の人びとが支えているのが、コービンの「道」なのだ。

現在の世界において、私たちの多くは、トランプ、安倍、モディ、ネテニアフといった児戯にも劣る言動を繰り返しながら、ネオリベラリズムとナショナリズムとミリタリズムを唱導する無知で無恥な政治家に率いられた国家に暮らして、民主政治への希望や他者の信頼どころか、言葉や思考への意志さえも失いつつある。そんななかで、一人の政治家であるコービンの言葉にある、単純で賢明な強さと美しさに驚愕するのは評者だけではないだろう。

本書は、この二〇一五年以前は、まったく無名のベテラン・バックベンチャー、風貌も冴えず、自宅のテレビも小さくて積み上げられた本の上に乗っかっているような質素な人、「政界で一番いい人間だ。だから敵がいない」ということで党首選への立候補を薦められ、しかしながら他方、政治的信念においては、「少数ではなく多数のための政治」を目指してまったくブレない筋金入りの左派政治家とその盟友たちが、どのようにして若者や庶民を熱狂させた「コービン運動」を巻き起こし、現在EU離脱をめぐって混乱の極にある英国政界で次期首相が有望視されているジェレミー・コービンの「真実」を活写した、手に汗握る政治冒険物語である。「真実」とわざわざ強調した理由は、他でもない、コービンをめぐっては、トニー・ブレアが提唱した「ニュー・レイバー」以降、新自由主義主義の牙城である英国における左派政治の復権を阻止すべく、マスメディアから労働党の官僚機構に至るまで、「選挙に勝てない」「労働党を壊滅させる」「テロリストに甘い」「プーチンの擁護者」「反ユダヤ主義者」などといった罵詈雑言が二〇一五年以降現在まで浴びせられ続けているからで、他ならぬ評者も恥ずかしながら本書を読むまでは、BBC放送や労働党を支持する新聞である『ガーディアン』といった主要メディアから、そういうフェイクニュースをたっぷりと吸収していたからだ。この訳書はそのような英国の現況に危惧を抱いた「平和を目指す翻訳者たちTUP」の三人のメンバーが、党首就任直後から続々と出版されたコービンに関する書物から選び抜いた本であって、彼女たちの慧眼と努力がなければ、英国以上に危機的状況にある日本語圏のメディアでは、いまだにコービンの真実は伝えられることがなかったことだろう。

本書を読み進めるうちに私たちは、これまで英国政治に知識や関心などなくても、信念を持って人びとに信頼されてきたひとりの政治家が、政治という「多数のためにあるべき」営みのなかで、いかに市井の普通の人たちの、もっと公正で平等な社会を築きたいという熱い声に押されている、その息吹に触れて閉ざされていた窓が開けられつつある現在に力づけられることになる。それはコービンの師であるトニー・ベンの「希望は進歩の燃料であり、恐れは、誰もが自分を閉じ込める牢獄だ」という言葉通りに、政治というほかでもない自分自身の営みに対する意欲を再生させることだろう。

さて私たちの周りに「候補者コービン」はいるか? いなくてもかまわない、自分がコービンになればいいのだから。
この記事の中でご紹介した本
候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道/岩波書店
候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道
著 者:アレックス・ナンズ
翻訳者:藤澤 みどり、荒井 雅子、坂野 正明
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道」出版社のホームページはこちら
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