生のみ生のままで 上 書評|綿矢 りさ(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月24日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3303号)

生のみ生のままで 上 書評
「私たち」という主語
新しい道を裸足で踏みしめて進む

生のみ生のままで 上
著 者:綿矢 りさ
出版社:集英社
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 女性同士の恋愛はこれまで文学の中で、どこか特別なものとして、または何かへの反発のように激しく、または閉じた世界として耽美的に、描かれがちなイメージがあった。しかし本書に出てくる二人には、そのような非日常性はない。もしかしたら自分だったかもしれない女性たちが偶然出会い、互いを受け入れて生きようとする。その日々の中に表れる感情を、余すことなく掬いながら小説は進んでいく。

語り手である逢衣は、ごく平凡な二十五歳として登場する。頼りがいのある優しい彼氏がいて、特にやりたいことではないが携帯ショップ店員として真面目に働いている。高校時代の憧れの先輩だった恋人に何の不満もなく、「早くに結婚して子ども三人作る」のが、学生の頃からの夢である。

そんな逢衣が、旅先で恋人の幼なじみとその彼女である彩夏に出会う。サングラスをかけて挨拶もしない、芸能人の彩夏の第一印象は悪かったが、人生で初めて出会うほど美しかった。

二人はその旅で、心より先に体を近づけることになる。アクシデントのせいで、激しい雨と雷鳴のなか下着姿で抱き合うことになるのだ。雷に怯える彩夏のため、逢衣は「私たちには絶対に落ちないから」と抱き合って一緒にその場で跳ぶ。体を直撃する嵐を二人で乗り越える場面が、これからを暗示するようだ。恋の始まりが飛翔とは程遠い、地上から僅かな距離のジャンプであるのも象徴的である。

東京に戻って親密になるうちに愛を告げられ、唇も奪われた逢衣は、こんなの理解できるわけない、と言いながら彩夏に引き寄せられていく。
「今まで裸でいても、私は全然裸じゃなかった。常識も世間体も意識から鮮やかに取り払い、生のみ抱きしめて、一糸纏わぬ姿で抱き合えば、こんなに身体が軽いとは」。

女であることを纏ったまま男と抱き合っても、本当の裸にはなれていなかったことに、彩夏と抱き合ったことで逢衣は気づく。「私たちに役割分担はなかった」。

こうして「私たち」という主語が逢衣に与えられてまもなく、二人を荒波が襲う。その後の七年間を耐え抜く逢衣の暮らしぶりを追いながら、読者は二人の行く末を祈るような気持ちで読み進めることになるだろう。

女性同士の性愛場面は、特別な結びつきであることの証明のようにフィクションの中で機能しがちだ。しかし本書で逢衣が彩夏と結ばれる場面の描写は、新しい道を踏み出そうとする二人の、心と身体に起きることのすべてを表そうとする書き手の信念として結実している。こんなにそれぞれの女の心身に誠実に書かれた性愛場面は読んだことがない。
『夢を与える』での女の先輩との初めてのキスや、『ひらいて』での恋敵である女友達とのセックスなど、これまでの著作に折々出てきた名づけがたい関係が大幅に深められた集大成ともいえそうな本作の筆致は、新しい道を裸足でしっかり踏みしめて進むような力強さと粘りがあって、読者としてその道を共に歩むことには深い感動がある。
この記事の中でご紹介した本
生のみ生のままで 上/集英社
生のみ生のままで 上
著 者:綿矢 りさ
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
生のみ生のままで 下/集英社
生のみ生のままで 下
著 者:綿矢 りさ
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「生のみ生のままで 下」出版社のホームページはこちら
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